文芸部ブログ

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その8

「大森暁生展に行ってきたーーーーーー!」

9月15日、文芸部の石原さんが県立館林美術館に行ってきたそうです。企画展「霊気を掘り出す彫刻家 大森暁生展」をやっていて、100点を超える作品を見ることができたらしいです。一ヶ所をのぞいて撮影OKだったから、たくさん(というかほぼ全部)撮ってきたよ! と言って、私に見せてくれました。その中で、一番上手く撮れた、という写真と、一番気に入った作品の写真を送ってもらいました。

    

 左が上手く撮れたという写真、右が一番気に入ったという作品の写真です。「これが一番気に入ったやつ」と写真を見せてもらったとき、何とも言えない気持ちになりました。だって、血でできた蝶みたいな作品ですよ? どこが気に入ったのか聞けば、「綺麗だったから」とのこと。たしかにきれいだけど……。ちなみに、左側の写真の作品の全体はこんな感じです。

 

 ていうか、作品が写ってないのに上手く撮れたって……それでいいんか? ちなみに、彼女によれば、鏡を使った作品が多かったそうです。

この鶴や、                     この鳩のように、

               

 鏡を利用して生き物の全体を創っている作品がたくさんあったと。自分や他の人が写り込まないように撮るのが大変だったそうです。帰るとき、美術館の敷地内にあった池の、鯉の写真も撮ったそうですよ。かわいい。

 

わたしがいまいってみたいのはおなじく館林美術館で開催中の「スペインの巨匠•ミロ 版画の宇宙」です。土屋文明記念文学館でやっている「文豪・谷崎潤一郎 –美を追い求めて」も気になりますね。わたし谷崎潤一郎の小説が大好きなんです。「刺青」とか、シビれますね。でも高崎はちょっと遠いです。あーあ。

 

 

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その7

 初めまして、もしくはお久しぶりです。……と言っても、太女の部・同好会の中では比較的更新頻度は高いので、「久しぶり」はしっくりこない気もするが。ともあれ、今回お届けするのは浦島太郎の物語だ。おっと、画面を閉じる前に。『浦島太郎』は誰もが知る定番の昔話だが、この太郎と姫様はそれとは少々違うようで…? お楽しみいただければ幸いだ。

◇浦島太郎◇

 昔々あるところに、浦島太郎という気弱で真面目なことで有名な漁師が、年老いた母親とふたりで暮らしていた。ある日、太郎が普段のように海へ出かけると、浜辺では村の子どもたちが大きな亀をつつき回して遊んでいた。
「こら、おまえたち、何をやっている! 今すぐ亀を放してあげなさい!」
「げえっ、くそ真面目の太郎さんじゃ」
「普段は優しいけどたまにおっかない太郎さんじゃ!」
「逃げろっ、逃げろおっ」
子どもたちは亀をいじめていた木の枝を打ち捨てると、散り散りに駆けていった。中には亀にぶつかるように枝を投げてから逃げるのもいた。
「亀どの、亀どの、大丈夫かい」
太郎がぐっと首を縮めていた亀の傍にしゃがみ込むと、亀はゆっくり顔を上げた。
「ああ、すんでのところで助かった。感謝する」
「亀なのにしゃべるのか」
「話しかけてきたのはそっちのくせに、しゃべったらいけないのか」
「……いや。とにかく、陸は危ない。早く海へお戻りなさい」
「では礼として、海の中の宮殿にお主も連れて行こう。姉上が喜ぶに違いない」
「はあっ!? ままま待ってくれ、おれのおっかさんに伝えてからでないと」
「『くそ真面目の太郎さん』と言われるだけあるな」
 亀はニヤリと微笑を浮かべた。
「黙っとけ」
 これには太郎も赤面し、軽く怒鳴るように返した。この非礼に亀は腹を立てるでもなく、
「いいだろう。別れの挨拶をしておいで」
   *
 かくして浦島太郎を背に乗せた亀は竜宮城へとやって来た。亀は謁見の間で太郎を下ろすなり、立派な身なりの人間の王子へと姿を変えた。
「姉上、連れてまいりました。私を救ってくださった人間で、浦島太郎といいます。深い孝行の心もあり、王配殿下となるのにこれほど相応しい者はいないでしょう」
「さようか、ご苦労であった。下がるがよい」
 王に相応しい、よく通る威厳に溢れた声でそう言うと、竜宮城の姫は太郎に向かって、
「お話は愚弟より伺っております。困っている亀に手を差し伸べる優しさに、わたくし感服いたしました。どうかわたくしとともに竜宮城の主となり――」
「少々お待ちを! おれ……私は急に連れてこられたとばかりで、話が見えないのです」
「ごめんあそばせ。では、すぐに王配にとは申しませんから、三日ばかり滞在してくださいな」
「は、はいっ、喜んで」
   *
 三日が経ち、浦島太郎は一度家へ帰ることとなった。竜宮城の若き女王は「決して開けてはならない」と言って彼に玉手箱を託し、実は王弟だった美丈夫は再び亀へと姿を変えて彼を陸まで送り届けた。
 村に戻ると何とびっくり、陸上の世界では三日ではなく三百年の歳月が流れており、生家は面影もなく消えてしまい、当然のことながら太郎を直接知るものはいなかった。それどころか、舟が沈んで殉職した漁師として、苔まみれの小さな祠ができている始末。たった一人の家族もとうに死んでいると知ると、母想いの太郎はおんおん泣いた。唯一手許にあった玉手箱をきつく抱えて、身も世もなく涙を流した。
   *
 太郎が帰ってから、陸上の世界で十年が経った。太郎は手頃な空き家に住み着いて、漁師を続けながら細々と独り暮らしをしていた。ある日、太郎が漁へ出かけようと浜辺に出ていったときだ。突然海の水面が不気味に波打ったかと思うと、あの竜宮城の姫が亀の姿をした弟に背負われて現れた。
「太郎どの! 二時間経っても戻らないので来てしまいました」
「姫様!?」
「なぜ玉手箱を開けていないの! これだからくそ真面目はっ!」
「なぜって……くそまj……え?」
「それにはわたくしどもと同じ寿命を得られる秘薬が入っておりましたの。開ければ分かりますわ。陸上でその効果を得れば、ここでの時間の進み、すなわち人やものの移り変わりが途端に速く見え、海に入るとちょうどよく感じられるはずよ」
 無邪気な少女のように満面の笑みを見せると、女王は玉手箱の蓋を開いた。たちまち全身に煙を浴びた太郎は、一気に自分と女王と亀以外の周りのものすべてが目の回るような速さで変化してゆくさまを目の当たりにし、呆然と細い息を吐いた。
「今、おれは、どうしてこんな」
「前にもお話しした通り、わたくしの王配になっていただきたくて。さあ、帰りますよ」
 嬉しげに差し出された白魚のごとき姫の手を、太郎はつい咄嗟に握り返してしまった。
   *
 こうして我々の感覚からすると万年の寿命を得た浦島太郎は、時に突拍子もない言動をする女王を諫める役目を彼女の弟とともに永きに渡って務め、晩年には海の賢君と呼ばれるまでになった。
 めでたし、めでたし?

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その6

 第1回「句会せせらぎ」の報告


10月29日火曜日の放課後(文芸部の活動日です)、学校の図書館をお借りして、句会を開催しました。7月23日火曜日に太田高校にでかけて合同読書会に参加したときに、句会も催されました(くわしいことは「華麗なる冒険その3」をごらんください)。俳句をその場で詠んで、投票して、感想を述べあうという文学のライヴ感に感激を受けたわたしたちは、「つぎは太女で!」と意気込んだのでした。とはいえ、じつのところ、わたしたちは自分たちだけで句会をやったことがありません。こんごの文芸部の活動の幅を広げるため、太田高校文芸部との「円満」な交流のため、ここはひとつ「太女文芸部の句会」をぶちあげねばなりません! 小林恭二という小説家の書いた『俳句という遊び』(岩波新書)をテキストに(部員みんなで読みました!)、多少付け焼刃の感は否めませんが、わたしたちはわたしたちの句会「せせらぎ」を立ちあげたのです(「せせらぎ」は部誌の名前です)。
今回は「題詠」としました。題詠とは題となったことばを俳句に詠みこむことです。「ランダム単語ガチャ」を活用しあれこれ候補をあげてゆきます。これという決め手はなかったのですが、「まる」でゆこうと決まりました。本来は「まる」という単語をつかうのですが、今回は「まる」をイメージできるものでもよいこととしました。制限時間は20分。さあ、はじまりです! 思いつきを口にだしながらつくる人。それに相槌をうつ人。ひたすら黙々と没頭する人。ひとりはなれて雑念を振り払う人。俳句はフォームで投句しました。すぐにスプレッドシートに一覧ができるのでラクちんです。4人の参加者で、20句ほどの作品が詠みあがりました。それを人数ごとにわけた投票シートで選句してゆきます。ほんらいならダメだとおもう「逆選」もあるのですが、わたしたちはよいものを選ぶ「正選」だけにしました。ひとり5句を選びました。その結果上位にはいったのがつぎの俳句です。

 大根は煮ても焼いても丸いまま
 見上げれば浮かぶ十五夜膝に猫
 木枯らしに背中丸めてきょうもまた
 夏夕空 ビー玉越しに 陽を込めて
 遠足に五百円玉握りしめ
 信楽の狸が見上げる秋時雨

それぞれの俳句について、「正選」の印をつけた人が感想を述べ、そのあとで作者が作品の意図をかたります。「大根」の句は調理した大根の形に着目している点が評価されました。「膝に猫」は取り合わせの妙。月見をしている縁側(じゃないかもしれないけど)の長閑さがうまく表現されています。「木枯らし」は背中を「丸める」という「まる」の使い方が目から鱗の作品です。「ビー玉」は書いてなくても「ラムネ玉」だよねーと意見が一致。夕空をビー玉に閉じ込めちゃう幻想が素敵です。「遠足」の俳句は、言わずもがなですよね。だれもが経験したであろう遠足のおやつを買いにでかけるワクワクが簡潔に表現されています。「信楽の狸」はよくあるあの狸が秋時雨を憂鬱そうに見あげている情景がシュールな逸品です。
午後4時すぎからはじめて、午後5時半まで、わたしたちは「俳句」しました。小説の創作に偏りがちな太女文芸部ですが、俳句にも目覚めたような気がします。つぎは短歌かな。第2回目の句会も楽しみです。


文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 特別篇

僕の大きな小人さん(全3話) 長山穂乃花

第3話(最終回)
「さて、リーと帰るか」
 最後のお客もいなくいなくなったことだし、と帰り支度をする。通りに面した大きな窓にカーテンを下ろし、入口のドアにも鍵を掛ける。
 ギイっと軋んだ音を立ててバックヤードに入って鍵を掛けた。バックヤードと言っても、店頭に並べない植物を置いているため天窓からの明かりが入る作りになっていて、意外に明るい。しかし、今は夕方で電気もつけられていないため、どこか不気味に薄暗かった。
 リーには電気を点けるように言っているのに。
「リー?」
 返事はない。きょろきょろとあたりを見回してみるが、あの大きな身体を隠せそうな場所もない。
 その日から、リーは僕の前から姿を消した。
「ありがとうございました」
 今日も、いつも通りに自分の店で仕事をする。リーが僕の日常に入り込む前の、いつもどおりの生活だった。
 ……あの後、先に帰ってしまったのかと帰り道の途中を探してみた。
 リーは見つからなかった。
 もう家に着いているのかもしれない。
 家にもリーの姿はなかった。
 次の日、バックヤードの中をもう一度、隅から隅まで探した。
 部屋の隅、机と壁の外から見えづらい隙間に、リーに着せていた洋服が一式脱ぎ捨てられているのを見つけた。
 おい待て今アイツは全裸なのか!?
 そんな僕の混乱を置いてけぼりにして、結局リーは見つからなかった。
「いらっしゃいませ」
 リーがいない日常は、ずいぶんと味気ない。
「今日は、何をお探しですか?」
 当然だ。リーがこの店で働き始めたのはここ数日間だけとはいっても、家には五年近く前から居たのだから。
「それなら、こちらの花はいかがでしょうか。今年はかなり色がいいですよ」
 リーがそばに居なかったときにどうやって過ごしていたのか、もう思い出せないほど、リーとの生活を楽しんでいたことに今更気づいた。
 リーが小さな瓶に入れられていたときから、ずっと。
 僕は、そっとエプロンのポケットに入れられた球を撫でる。体温と同じくらいの温かさと、さらりとした手触りが伝わってくる。
 落ちていたリーの服に隠されていた卵型の球体。真っ白で、リーの瞳を連想させる光沢を持つその球を撫でていると、不思議と気分が落ち着いた。リーが居なくなった日から、僕はこれを肌身離さず持ち歩いている。
 今日も、僕は一人で店を開けた。
 もう、バックヤードにも店先にも、リーが巨大化させた花々は残っていない。売ってしまったり、苗だったものは成長するときに少しずつ元の大きさに戻ったりしてしまった。
 一本くらい手元に残しておけば良かったかもしれない。
 からん、コロンからん。
「っ、いらっしゃいませ」
 いけない。少しぼうっとしていたようだ。しっかりしなくては。
 気を取り直して入口を見ると、やって来ていたのは先日も訪れていた初老の女性だ。
 彼女はきょろきょろと店の中を見回すと、おっとりと首を傾げた。
「あら、今日は羽根の子は居ないのね」
 お休みかしら? というマダムに、引きつらないよう細心の注意を払って笑顔を向ける。
 あれ、デジャヴ。
「あの子はしばらくバイトはお休みなんです。忙しいみたいで……。いつになったら戻ってこられるかはまだわからないんですよ」
 エプロンのポケットの中が、もぞりと動いた気がした。
「あら、そうなの?」
「本日は何をお求めですか?」
 ポケットの中から、なんだかゾワゾワした感じが広がってくる。すごくぞわぞわする。
「今日はね、娘が久しぶりに帰って来るから、家を華やかにしたいのよ」
「そうなんですね。でしたら大きめの花を多めに入れた花束にしましょうか。メインの色はどうしますか?」
「そうねぇ、赤とか、そんな感じの元気の出る色がいいわ」
「わかりました」
 依頼された通り、一番目立つ大きな花は赤いアマリリスを一輪。その他に薄ピンク色に染められたカスミソウを周りに入れて。赤い色を更に引き立てるために、少し多めにグリーンを。
 そうこうして植物をまとめ、ビニール素材でラッピングしていると、そろそろ無視できないほどポケットの中身が暴れ出していた。
「……っ!!」
 ポケットの中をちらりと覗くと、嫌と言うほど見覚えのある白が目に入った。
 危なかった。危うく常連さんの目の前で悲鳴を上げるところだった。
 マダムはにこにこ微笑んでいて、僕の異変には気づかなかったようだ。
 気持ち、いつもより素早さ三割増しで手早くリボンを掛けていく。
 あれ、デジャヴ。
「お待たせしました!」
「ありがとうねぇ」
 僕は冷や汗だらだらで花束を差し出し、代金を受け取る。リーがここで働いてからやたら表情筋が鍛えられている気がする。
 マダムは楽しそうに表情を緩ませながら花束を受け取ると、カランコロンとドアのベルを鳴らして店から出ていった。
 さんさんとした日差しが大きな窓から差し込む店内が無人になり、しん、と静寂が落ちる。
 ……僕のポケットの中以外は。
 まだガサゴソいってる……。
「……リー、なのか……?」
 ポケットからそっと小さなそれを取り出す。僕の片手の大きさくらいしかない白い塊は、間違いなく出会ってすぐの、それこそ瓶に入れられていたときのリーのようだった。
 だが、出会った頃のリーは、僕の両手の手のひらくらいの大きさで、翼は片方が半分欠けていた。そのせいでどこか確信が持てずに問いかける。
 僕の問いに、リーは目を大きく見開いて頬を上気させ、こくこくと大きく頷いた。
 小さくても、軽くても、そこにリーが存在する確かな重みが伝わってきて、目元が熱くなった。
手のひらの上でリーがワタワタと暴れている。それが水滴を避けているものだと気づいて、その後、ようやく自分が泣いていたことに気付く。
 寂しかったんだ。ずっと一緒に居たリーがいなくなって。
「りぃ〜……」
 出どころ不明の小さなワンピースのような服らしき何かを身につけたリーを潰さないように、そっと顔に近づける。
 どこから来た服だ、これ?
 リーは僕を慰めるように小さな手で、僕の鼻筋をぺちぺちと叩いた。
「かってにいなくなるなよぉ……」
 考えても無駄なことは諦めて。リーが帰ってきてくれたから、それで良しとする。
 リー失踪事件から一年後。リーは順調に大きくなり(成長ではない)、今では僕の膝くらいの高さまで身長が伸びた。成長ではない。
 リーが店で働けないサイズになってしまったせいで、結局僕は忙しい。それでも、朝起きたときに温かい熱が僕の腕の中にあるから、だから、今のままでもいいかと思ったんだ。
 もそり、と腕の中のぬくもりが小さく動いた。
「ん、起きたのか、リー。おはよう」
 今日も、僕たちの一日が始まる。

 

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どうでしたか、みなさん。楽しんでいただけましたか? 「瓶詰の小人」という発想がすばらしいですよね。その小人がどういうわけか巨大化して、花屋の「僕」をトラブルにまきこんで、すったもんだのすえに、姿を消してしまう。「リー」の代わりに「白い卵型」の球体が「僕」の手元にのこり、それがポケットの中で小人に姿をかえて。うまい。うますぎます。ファンタジーのドがすぎます。なぞをなぞのままにのこして、説明しすぎないところが「ブンガク」なんですよね。読んでくださったみなさん。長山さんへの絶賛をおねがいします。

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 特別篇

僕の大きな小人さん(全3話) 長山穂乃花

第2話
「リー、もう出てきても大丈夫だぞ」
 言いながらバックヤードへのドアを開けると、まだ店内に並べていない苗の状態の植木鉢が並べられた棚の前にリーが立っていた。
 それだけなら、特に問題はなかった。問題なのはその棚の植物が現在進行系でむくむくと育っていることだ。
「なにをしてるんだ?」
 リーは俺がリーの血を拭ったタオルに水を含ませ、植木鉢の土の上に絞っている。その水を受けた植物がどんどん大きくなっていて、元の大きさのままの苗は数えるほどしか残っていない。
 このままリーの好きにさせておくとバックヤードを未開のジャングルにされかねない。
 リーはバックヤードに僕が入ってきたことに気づくと、小走りで駆け寄ってきて撫でろ撫でろと、頭に僕の手が届くようにかがんだ。
「……、…………これからは、なにか、やりたいことがあったら、……先に僕に確認してくれ……」
 ズキズキと痛むような気がするこめかみを片手で抑えながらなんとか言葉を吐き出すと、僕が頭を撫でないことを疑問に思ったのか、リーが下から見上げてくる。
 そっとリーの真っ白な髪に触れると、サラリと滑らかに流れていった。リーは嬉しそうに目を細めて、撫でられるのを楽しんでいる。
 なんの悩みも憂いもなさそうなリーとは対照的に、僕は明日からもずっとリーが人間でないことを隠し通す自信を失って、今度こそ重たいため息を吐いた。
 まあ、前途多難だと思えたこの生活も慣れてしまえば意外と悪くなく、それどころか数日も経てば楽しむ余裕さえ生まれてきていた。
「なあ、リー、そこの棚にある花瓶をカウンターに並べておいてくれるか?」
 僕の頼みにリーはせっせとガラス製の大きな花瓶を棚から降ろしてカウンターに丁寧に並べていく。リーはずいぶんと体格が良いおかげで高いところまで手が届くうえに、かなり力持ちなようで花瓶に水が入っていても軽々と運んでいる。
 僕にとっては大きな花瓶も二メートル超えのリーが持つと、だいぶ小さく見える。
 リーは、初日のバックヤードジャングル化事件を起こした後は特になにか問題を起こすわけでもなく一生懸命に働いてくれている。
 ちなみに未開の森と化したバックヤードの中でどうしてこんなことをしたのかと聞き取り調査をしたところ、僕を喜ばせたかったから、らしい。
 純粋な好意に、それ以上の注意をできなくなってしまった僕が黙り込んでしまうと、不思議そうな顔をしたリーが僕の頭を撫でてくれた。髪の上を滑るリーの手のひらがとても大きくて、本当にコイツは僕の手のひらサイズだったのかと過去の記憶を疑ってしまった。
 なんとなく悔しくなってリーの真っ白で血管の見えない手と、僕の日に焼けた手を重ねて大きさを比べてみた。大人と子どもくらいの差があったせいで、手のひら同士を重ねたままでもリーの手に僕の手が包まれてしまう。悔しいな。
「お、終わったのか。ありがとな、リー」
 少しの間物思いに耽っていれば、リーはもうカウンターに花瓶を並べ終わったらしい。
 もはや恒例となった褒められ待ちのリーの頭を撫でながら、レジ周りに散らかした請求書の束を片付ける。少し前にバイトで入っていた学生さんが辞めてしまったせいでここ最近はずいぶんと忙しかったが、リーも働き始めたことだし、かなり楽になった。流石に一人で店のことを全部やるというのは無理があったようだ。
「いつも助かるよ。リーのおかげで今日も早く帰れそうだよ」
 さらり、とリーの絹糸のような真っ白な髪を最後に一撫ですると紙類をまとめて立ち上がる。
 からん、からん、と来客のベルが鳴った。外の少し冷えた空気がぶわりと入り込んできた。
「いらっしゃいませ!」
 夕日が差し込む入口に影が落ちる。かつん、とヒールの音が響いた。
「こんにちは」
 入ってきたのは若い女性だ。仕事帰りなのかかっちりした印象の服装をしている。彼女は背中まで流れるつややかな黒髪を揺らして並んだ花々の中から目当てのものを探しているのか、棚の間を歩いていった。
「リー、バックヤードで待ってて。もう少ししたら一緒に帰ろうな」
 初日の反省を活かしてお客さんが来ている間は、リーにバックヤードにいてもらうことにしている。そのおかげか、今のところ問題なく業務が進んでいる。初日の一連の事件は本当に心臓に悪く、寿命が縮む思いだった。できれば二度とあんな思いはしたくない。
 リーはこくこくと頷いて大人しくバックヤードにつながる扉へ向かっていく。その背中は翼を全部服に押し込んだせいでずいぶんとゴワゴワしている。
 本日最後のお客さんとなる女性は長い間、あっちの棚へこっちの花瓶へとふらふらと移動して、かなり悩んでいる様に見える。
「なにをお探しですか?」
 女性が眉間に深くしわを刻んで、んー、と唸りながら考え込んでしまったので、沈黙に耐えきれず声をかける。
 女性はハッとした表情をすると恥ずかしげに視線を彷徨わせた。
「すみません……。今日、恋人との記念日なんです。それで、お花をプレセントしたいな、と思っていて」
「素敵ですね、どんな花がいいんでしょうか」
「可愛らしい花がいいと思っていて。明るい色の」
 それなら、といくつか女性ウケのいい花々が収められた花瓶を店の奥から運ぶ。
 彼女は細い指先を花瓶の上で彷徨わせると、ひときわ大きなピンクのスプレーバラを手に取った。
「これにします」
 ひゅ、と喉の奥で吸いそこねた息が変な音を立てた気がした。高いところから落とされるアトラクションに乗ったときのように身体の中身がゾワゾワする。
 女性が手に取った花は数日前、リーが最初に巨大化させたバラだ。なんでこんなことに……と言いたくなるような、なんとも言えない気持ちになってくる。そもそも商品に混ぜるな、という話なのだが。
「か、しこまりました。ラッピングはどういたしますか?」
 とにかく動揺を表に出すな、と社会人の根性で笑顔を保つ。こんなことに発揮したくなかった。
「リボンが付いている、これでお願いします」
「わ、かりましたァ……」
 依頼どおりに水色の細いリボンで花束の様に束ねていく。しゅるり、と音を立ててちょうちょ結びにして、余った両端を棒に巻き付けてくるくるにした。
 彼女は世間話が得意な質ではないらしく、作業中はずっと所在なさげに視線を彷徨わせていた。
「お待たせしました」
「わっ、ありがとうございます」
 女性は宝物を手にしたように、そっと一輪の花を手にとって店を出ていく。
「ありがとうございました、またお越しください」
 からんからん、とベルが鳴って、店内に夕方らしい静寂が落ちた。

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 特別篇

このたび、太田女子高校文芸部の長山穂乃花さんが第19回群馬県高校生文学賞の散文部門小説作品で優秀賞を受賞しましたー! おめでとー! これは群馬県の高文連ってところが主催しているコンテストで最優秀賞をとると全国総文に推薦されるのです。残念ながら長山さんは1位ではなかったものの群馬県内から応募された52作品中の2位相当なので、たいしたことなのですよ。すばらしいー。この感動をみなさんにもあじわっていただくため、長山さんの受賞作品を全3回にわけて、ご紹介いたします。おたのしみくださいませ!

 

僕の大きな小人さん(全3話) 長山穂乃花

第1話
 目を覚ますと真っ白な羽根が視界いっぱいに広がっている。もはや驚かなくなったその光景に、そっと翼を手で払いのけると、翼の持ち主を起こさないようにベッドから抜け出した。
 少しずつ少しずつ自分より大柄な存在の拘束から抜け出して、いまだ僕のベッドで眠りこけるそいつを見やった。安物のシングルベッドに二メートル超えの身体を縮こまらせて寝ているそいつは、とにかく白い。肌も、髪も、今はまぶたに覆い隠されているが瞳だって白い色をしている。
 人間離れしたその姿も、そもそも人間ではないのだから納得だ。
 僕のベッドを占領するソレ、数年前にリーと名付けたソレは、もとは世間で小人と呼ばれる存在だったのだから。
 十年前、とまではいかないが、それでもかなり前。知人が世間で人気となっている瓶入り小人のインテリアをくれた。
 瓶入り小人とは、名前の通りに片手に収まるような大きさの瓶に入れられた、これまた小さな小人である。不思議なことに、この小人たちは飲食や排泄などを必要としない、生物といえるかも微妙な存在だったが、ちょこちょこと瓶の中で動き回る様子の愛らしさからどんな家にも置かれるようなインテリアだ。
 彼らの特徴は、見た目が白いことだ。とにかく白い。肌も髪も、瞳すら。だがそれすらをも上回る一番の特徴は、創作の中にみられる天使のように真っ白で鳥のような翼を持っていることだろう。
 リーもそんな瓶入り小人の特徴通りに真っ白な姿と翼を持っていた。ただ、他と異なっていたのは、その翼が、左の翼の半分ほどから先が失われていること。そして、僕の両手にぎりぎり乗るかどうかという大きさだ。
「ほら、そろそろ起きな。今日から働くんだろ」
 言いながらリーの肩を軽く揺する。リーは寝ぼけたまま起き上がると、ばさりばさりと重たげな音を立てて両の翼を震わせた。片方の翼が半分しかないせいか、身体が右に傾いている。
 今日からリーは僕の経営するフラワーショップで働き始める。
「じゃあ、リーはこのバケツをそこに一列に並べてくれ。順番はこのままでいいよ」
 声の出ないリーは僕の指示にこくこくと頷いて、さっそく花の活けられた水入りのバケツを運び始めた。店のロゴが入った深いグリーンのエプロンがリーの白によく映える。
 店先に並べる花バケツをリーに任せている間に、店内にある花瓶の花々を一本ずつ取り出して、水につかっている茎の先端を少しだけ切り落とす。
 一つ一つは単純な作業だが、店中の花を処理しなければならないから、かなりの作業量だ。
 パチン、パチン、と静かな店内に鋏の音だけが響く。
 残りの作業もあと少し、といったところで、背後からぬっと影に覆われる。リーが背後から僕の手元を覗き込んだせいだ。
「なんだ、リーもコレがやりたいのか?」
 鋏と花を見せれば、リーはこくこくと頷き体格に見合った大きな両手を差し出してくる。
「鋏はこっちの手で持って、このあたりを切ってくれ」
 園芸用の鋏が、大きなリーの手の中にあると子供用に見えてしまう。茎の切るべきところを指さしながらピンクのスプレーバラを手渡した。
 からん、コロン、とドアに掛けられたベルが鳴った。とっさにリーの翼がちゃんと服に隠れているか目視で確認する。大丈夫だ、見えてない。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは、おまかせのブーケを二つお願いできるかしら」
「かしこまりました」
 入ってきたのは初老の女性だ。リーが大人しく作業をしているのを確認して花選びを開始する。
「一つは普通のでいいんですけど、もう一つは小さくってお願いできますか?」
「どれくらいの大きさですか?」
「十センチか、十五センチくらいです」
「かしこまりました」
 小さい花を選んでも十センチ程度にするのは難しいため、十五センチを目安に小ぶりな花を束ねていく。
 その間も依頼主の女性と他愛もない世間話を交わしていると。
「あら、あららら?」
「どうしたんです、かっ!?」
 なにかに気付いたらしい女性の視線をたどって背後を仰ぎ見ると、みるみる大きく変化していくバラを握りしめているリーの姿があった。バラの巨大化は止まらず、ついには元の三倍近い大きさになってしまった。
「な、なにして、リー!?」
「あらあら、すごいわねぇ。マジックみたい」
 よく見ると、リーの手元、花を持っている方の手がなんとも言えないような液体で濡れていて、その液体はぱっくりと切れた指先から溢れ出して、って。
「怪我してるじゃないか!? すみません、少々お待ちください!」
 お客に声をかけると作りかけの花束をカウンターに置いて、リーを掴んでバックヤードへと引きずっていく。
 と、僕も知らず知らずのうちにかなり焦っていたらしい。リーの腕を掴もうとした僕の手は、リーのエプロンを掴んでしまっていた。そのまま引っ張ってしまったせいで、ずるっとエプロンがリーから剥がされて、背中が、隠していた翼があらわになって。
 耳元で血潮の音が聞こえるほど、神経が過敏になった。
 とにかく、と、素早い動きでリーをバックヤードに押し込んで店内とつながる扉を閉めた。
「ほら、鋏を渡して。どこを怪我したんだ?」
 リーから鋏を受け取って、怪我をしている指を見てみる、が。はじめから何事もなかったかのようにつるりとした皮膚が平坦に続いていて、傷なんてどこにも見当たらない。ただ、その手はいまだに虹のような光沢のある白っぽい半透明の液体――おそらく血液――にぬれていて、その血を吸って未だにバラの花は大きくなり続けている。
 リーの手を近くのタオルで拭っていると、リーは異常なほどの大きさになったピンク色の花を僕に差し出してきた。
「僕にくれるの?」
 リーはこくこくと頷いて、花を僕に押し付けてくる。受け取るまで諦めなさそうだ。
「ありがと。僕が仕事している間、ここで大人しく待っててな」
 リーは僕の言葉に頷くと、にこにこと微笑みながら手を振って僕を送り出した。
「すみません、おまたせしました。すぐに完成させますね」
 店内に戻り、何事もなかったかのように笑顔を浮かべて接客を再開する。こちらが「なにもありませんでしたが、なにか?」という態度でいたら、もしかしたら気のせいだったかもと思ってくれないだろうか。
「さっきの子は新しいバイトの子? きれいな羽根だったわねぇ」
 だめだった。
「そーなんですよ、今日からバイトで。な、なんか、羽根は、こすぷれ? ってやつらしくて」
 冷や汗で背中がびしょびしょになっている気がする。大丈夫かな、笑顔引きつってないかな。
「あらぁ、最近の子は面白いわね。あの子、ウチの瓶小人さんにそっくりだったわ」
 このまま誤魔化すのはちょっと厳しくないか? と思いながら手早く花を一つにまとめていく。早く商品を渡してこの世間話も終わりにしたいが、残念なことにもう一つブーケを作らなくてはならない。
「この小さい花束もね、その小人さんの隣に飾るのよ」
 そうなんですかー、といつも通りに口にしたはずの相槌が、笑っちゃうくらい空々しく響いて消えた。
 どうにかこうにかふたつ目の花束を完成させて女性を見送ると、どっと疲れが背中にのしかかった。(つづく)

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その5

私のオーストラリア紀行
 
今回の海外研修は、私の二度目の海外旅行だ。今回の研修では英語脳を作るため、日本語やスマホは使用禁止と、私にとっての不安要素が大きかった。以前、現地の高校生との交流のためにベトナムを訪れたときには、困ったときにはグーグル翻訳を使えばコミュニケーションが取れたし、何かあっても日本人の友人たちに日本語で相談すれば問題なかった。だから、この研修旅行出発直前の私の心は、ほんの少しの期待と、それを塗りつぶすほどの不安と緊張でいっぱいだった。

1日目
 バスで学校から空港へ。このときは特に仲の良い友人も居なかったのでひたすら緊張を誤魔化すための現実逃避に集中していた。
 空港についてからは、諦めることで自分の緊張をかき消した。ここまで来たら忘れ物に気づいても手遅れだし、なにか足りないものがあっても現地で買えばいいや、と。
 緊張しながら様々な手続きと少しの自由時間を終えて機内へ。機内食だった夕食はあんかけ焼きそばらしき何かだった。ヤングコーンが美味しい。パプリカかピーマンみたいな野菜は筋が固かった。
 機内泊なので食事が終わったら寝ようとした。 寝 よ う と し た 。眠りに落ちてから1時間半ほど経ったあと、何故か機内の電灯が再点灯した。眩しくて寝られなかったので諦めて備え付けのモニターでゲームをして残りの時間を消費した。
 トータル睡眠時間 1 時 間 2 8 分 ! !

2日目
 オーストラリアは自然の保護のために食べ物や植物などの持ち込み制限が厳しいため、食べ物を一切持ち込めない。だから私たちはもう少しで到着といったときに配られた謎のケーキと食パンのハーフみたいなやつを急いで水で流し込んで食べた。
 空港で入国の手続きをしていると、赤いリボンを巻いた麦わら帽子が目に入る。日本の空港でもみかけた外国人二人with麦わらショップで買ったと思われる帽子、とまた出会った。同じ飛行機に乗って来たのかと思うと不思議な気持ちになる。
 日の出前の真っ暗な道をバスに乗って現地の学校へと運ばれる。外は少し肌寒くて、真夏全開の服ばかり持ってきたことを後悔し始めていた。
 現地の学校サンパシフィックカレッジの校長? 的な人からのお話を食堂で聞く。このときから生徒は全員日本語を制限されて、英語オンリーの生活が始まった。
 校長的な人、たか先生がいろいろなことを話したが、大まかな内容は「皆さんは英語力に自信がないかもしれませんが、母国語はずっとナンバーワンです。どんなに他の言語を学んでも母国語に勝ることはありません。日本語には及ばなくても、皆さんの英語力はロシア語力や韓国語力に比べたらずっと優れているので自信を持ってください」といった内容だった。
 その後、ホストファミリーに引き渡されるとき、私は確かに、たか先生が「彼女たちはあまり英語が得意ではないから」と言っているのを聞いた。それ以外はなんて言ったか聞き取れなかったが、そこだけは確かに聞き取れた!!!
 不服!! 異論はないが。
 ここからはダイジェストで。
 ふつかめのその後は、近くのマーケットでランチボックスを買ってもらったり、市場で野菜や果物の買い出しを見守ったりした。
 
3日目
 フェリーに乗ってグリーンアイランドへ向かった。空色に澄んだ海水がとても美しかった。膝くらいまで海に入ったり、みんなでビーチバレーをしたり、とても楽しい時間を過ごした。
 オーストラリアは日光がとても強いと聞いていたので、一生懸命日焼け止めを塗ったが足の甲だけ塗り忘れてそれからずっとぴりぴり痛いのが続いた。

4日目
 ショッピング。日本人が経営するおみやげショップに寄ったあとは、街の中心にあるケアンズセントラルに行った。そこでランチの時間を取った。
 オーストラリアの寿司を見たり、スーパーマーケットでお菓子を買う。スーパーマーケットの、特に野菜や果物のコーナーは常に興味深いものが並んでいる。全部英語だから読めないけど。
 午後は現地校で英語の授業。オーストラリアの生き物の生息地について学んだ。
 
5日目
 熱帯雨林のなかをディズニーのアトラクションみたいにバスで回った。ディズニーに行ったのはずっと前だけど。
 レインフォレステーションには小さな動物園も併設されていて、カンガルーに触った。
 
6日目
 TASと呼ばれる現地の学校に見学に行った。そこには幼稚園から高校までが同じ敷地内にあった。日本語を学ぶ授業もあるらしくて、私たちが見て回っていると日本語で挨拶してくれる生徒たちがいた。
 日本からの留学生がいるということで会わせてもらったが、私たちと同じ高校生だった。すごい。
 
7日目
 この日は祝日で、ホストファミリーと自由に過ごす日だった。
 朝はファザーと一緒に少し離れた空き地に行って、犬と一緒にビーチを散歩した。
 午後はマザーと別のビーチに行ってジュースを飲んだ。この日はオーストラリアの冬の中でも特に寒い日だったから、冷たいジュースでさらに寒くなった。
 帰り道では、野生のカンガルーが道の端っこで飛び跳ねているのを見た。本当にそのへんにカンガルーがいるんだぁ、と小さな感動が浮かんできた気がする。
 
8日目
 この日はマザーと一緒にケアンズセントラルにもう一度行った。実質最後の日だったから、ペアの子と一緒にホストファミリーに手紙や似顔をかいたり、折り紙で花束を作ったりしてプレゼントした。
 
9日目
 朝早くに現地の学校に集合。そこにマザーが送り届けてくれた。マザーは到着してすぐにスタッフに次の生徒はいつ来るの? と訪ねていた。7時に私たちを送り出して、9時には次の生徒を受け入れるらしい。すごい。
 空港ではもう日本語を使っても良かったのに、うっかり英語で話し続ける友達も居て、今回の研修の成果を実感した。

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その4

 突然だが、あなたは『オペラ座の怪人』をご存じだろうか。ガストン・ルルーの怪奇小説をアンドリュー・ロイド・ウェバーという作曲家がミュージカルにしたもので(他にもたくさんの映画や舞台もあるが、最も有名な作品はウェバーの手によるものだ。また、『深愛なるFへ』という翻案漫画もあるので、ぜひ読んでいただきたい。この漫画は原作での悲恋を大団円に変えているそうだが、まだ連載中なのでドキドキしながら追いかけているところだ)、そのウェバー版をさらに映画化した作品も六月から全国各地の映画館で上映されている。残念ながら、夏休み前に県内では終了してしまったが。

 そして、私はこの夏、とうとう劇団四季が上演しているウェバー版を観ることができたのだ。この横浜公演は八月十一日に千秋楽を迎え、次は来年の秋に福岡で開幕することが決まっている。横浜の前は大阪で、と、日本中を回っているのだ。音楽の授業でロンドン公演のDVDを観てすっかり虜になってしまい、いつかは生で観たいと思っていたら、幸いなことに半年ほどでその機会に恵まれた。「劇団四季のオペラ座の怪人は凄いらしい。」と銘打ったポスターには作品の象徴たる仮面とシャンデリアの絵が存在感たっぷりに描かれ、劇場の外には仮面と真紅の薔薇が描かれた壁面塗装が施されていた。

 さて、初めて生のミュージカルに触れたわけだが……劇団四季は謙遜しすぎていやしないか。「凄いらしい。」ではなく、「凄いんだ!!」くらい言っても良さそうなものだ。舞台であるということを忘れ、怪人も、歌姫クリスティーヌも、ラウル子爵も、すべて本物だと錯覚してしまった。目の前で起こっているのは本当の「オペラ座の怪人事件」で、ルルーはこれを見てあの小説を生んだのではないかと思いかけたほどだ。

 休憩を挟んだ三時間弱はあっという間にも永遠にも感じられ、時折呼吸すらも忘れかけて見入ってしまった。後から知ったのだが、カーテンコールも普段より長かったそうで、そんな良い日に行けたことがとても嬉しかった。終幕直前のシーンでぼろぼろになっていた主役の三人が元気いっぱいに登場し、何度も笑顔を見せてくれて、その様子に再び涙する人も。

 最後に、謙虚なポスターに代わって言おう。「劇団四季のオペラ座の怪人は凄いんだ!!」

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その3

去る7月23日、太田高校と太田女子高校合同で、読書会&句会が開催されました。今回は私たち太女文芸部が太高にお邪魔し、事前に渡されていた2つの作品を通してお互いに意見交換をしました。その後、太高文芸部でいつもやっているという、句会にも参加させていただきました。午後2時開始ということでしたので、午後1時30分に太女を出発。真夏のお昼過ぎ、一番暑い時間帯です。太高まではそこまで離れておらず、歩いて10分くらいだったでしょうか。しかし、照りつける強い日差し、じめじめとする湿度のせいで、砂漠を100kmくらい歩いている気分でした。太高に到着し、昇降口で靴を履き替えようと思ったら、ピヨピヨという鳴き声が聴こえました。上を見上げると、ツバメの巣がありました! もうすぐ巣立ちしそうなくらいの大きめのヒナがたぶん2、3匹いた気がします。とても可愛くて、そう、可愛かったんです。ツバメちゃんをもう少し見たい思いを抑えて、靴を履き替え、太高文芸部の方の案内のもと、読書会を行う図書室に向かいました。図書室は明るく、広く、開放的で、すごく良かったです。素敵な図書室でした。一生懸命に勉強をしている太高生も多く見かけました。夏休みなのに、えらいです。尊敬します。まずは自己紹介です。私は緊張であまり前を向けませんでした……。が、太高の文芸部の方々はコミュ力が高くて、自己紹介がすごく上手でした。読書会では、それぞれの感想を述べあいます。1作品目は三島由紀夫の「橋づくし」でした。みんな、深く読み込んでいて、レベルの違いを感じました。私は、内容を追うのにいっぱいいっぱいで、みなさんほどには深く考えられませんでした。でも、普段は読まない系統のお話でしたので、新鮮でしたし、面白い作品であると思います。興味がある方は是非、読んでみてください。2作品目は村上春樹の「かえるくん、東京を救う」でした。個人的には、こっちの作品のほうが言葉が難解じゃなくて、読みやすかったです。わくわくハラハラの作品でした。ネタバレになるとよくないので、詳細は言いませんが、ラストが印象的です。こちらも、興味がある方は、是非。普段は自分が読んだ本について、感想や意見を話し合う機会がなかなかないので、この読書会という場でいろいろな感想や意見を聞くことができて、とても楽しかったです。つづいて句会です。太高の文芸部ではよく、句会を行っているそうです。風流ですね。今回のお題は「水」。俳句はあまり作ったことがなかったのですが、みんなで歳時記とかを見ながら、ワイワイ作るのは楽しかったです。できあがった俳句に無記名で票を入れてゆくのですが、みんな「プロですか?」と聞きたくなるくらい上手で、投票するのに本当に悩みました。そのあと、作者の意図や感想を言い合います。みんなの話を聞くとさらに、それぞれが作った俳句の素晴らしさがさらに分かりました。いつの間にか時計の針が午後5時を指そうとしています。終了の時間です。悲しいことですが、時間は止まりません。実際には数時間かけて行われていた読書会と句会ですが、その数時間がとても短く感じるほど、楽しく充実した時間を過ごすことができました。名残惜しさを感じつつ、挨拶をして図書室をあとにしました。家に帰る電車の中で読書会を振り返りました。楽しかったなぁ。充実した一日でした。

〜太高の文芸部の皆さん、心躍る読書会&句会をありがとうございました。次は太女ですね。楽しみにしています~

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その2

三宅香帆の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)を読んだ。学校の図書館の新着図書だった。「働いていると本が読めなくなるのか!?」という驚きで思わず手に取った。今の私は本を読むことが大好きで、4日に1冊くらいのペースで読み散らしている。小説がメインだけれど、哲学的な新書にも手を伸ばしている。本のない生活なんて想像できないけれど、就職して本が読めなくなったら、私はおそらく「死ぬ」。死ぬのはイヤだからそんなことにならないように対策をたてねばなるまい、という決意でページをめくった。結論からいえば、働いていると「暇がないから」本が読めなくなるというあたりまえな話であった。全身全霊で生きてゆかねばならない現代人は役に立つ情報の収集にだけ汲汲としている。いわゆる「読書」をとおしてえられる知性は「教養」と定義され、なんとそれは現代人にとって「ノイズ」になっているから切り捨てられてしまうのだ、という。だからSNSやインターネットを通した情報収集や何倍速にもして映画やドラマを見ることが流行る。安易に「正解」が準備されているブンガク作品の氾濫もそんなことが理由なのかもしれない。だから三宅香帆は「半身(はんみ)で生きましょう」と声をかけている。残念ながら社会人ではない私には実感がわかない。でも、私ら高校生だって、忙しい。授業の予習や復習、週末課題、毎週の豆テスト。土日には部活だってある。それらを真剣にこなしても、私には本が読めている。本を読むことで(おそらく)「教養」を身につけている。友達には本を読まない子もいる。それはその人の価値観である。おそらくだけど、世の中が「半身」になっても読書に興味のない人は金輪際本は読まないだろう。だから(たぶん)私は社会人になっても好きな読書をつづける。続けられる。三宅香帆は就職をして本が読めなくなって会社をやめたそうだ。彼女は半端じゃない物量の本を読んでいる人だ。それが一瞬でもゼロになれば苦痛だよ。(私なら「死ぬ」。)でも彼女は仕事をやめて書評家として生きている(働いている)。最初からそういう道を選んでいればよかったのに、という話なんじゃないかな。やりたいことと仕事をわりきるみたいなこともでてきたけど、やりたいことが仕事であるほうが楽しいような気がする。私にはまだ「それ」が何かはわからない。わからなくてもよい(ことにする)。いつかたどりつける、とぼんやりおもって今、私は本を読むのだ。