文芸部ブログ

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その58

日差しが照りつける八月上旬。部屋に謎の引力が生まれたように、私は外に出られなくなっていた。夏休みの課題にもなかなか手をつけられていない。それなのに、遊びの予定が入るとそちらを優先してしまう。やるべきことより、今やりたいことを選んでしまうのは、人間の性なのだろうか。
そんなことを考えていたとき、友達から一通のメッセージが届いた。
「今日、バーベキューしない?」
一瞬だけ課題のことが頭をよぎったが、すぐにその考えは消えた。せっかくの夏休みだ。夏は夏らしく遊び倒そう。そう決めた瞬間、終わっていない課題は頭の隅へ追いやられていった。
バーベキューができる河川敷まで、自転車を全力で漕いで向かう。刺すような日差しが肌に当たり、まるで我慢勝負を仕掛けられているようだった。それでも、自転車を走らせているときに通り過ぎる風は、暑さと湿気の中では意外と心地よい。脚が疲れて、だんだん動かしづらくなってきても、もう少しこのまま漕いでいたいと思った。
河川敷に着くと、器具を持ってきてくれた友達が先に準備を進めてくれていた。年に一度はバーベキューをしているらしく、火の起こし方などを教えてもらいながら、慣れない手つきで準備を進めた。
食材は、それぞれが食べたいものを事前に買っておき、当日になって見せ合うことにした。私は玉ねぎ、ピーマン、牛タン。友達はとうもろこし、ウインナー、かぼちゃを持ってきた。
慣れた手つきで火を起こす友達を横目に、私は野菜を切り続ける。しばらくすると炭の香りが漂い始め、食欲がどんどん湧いてきた。まずは焼けるのが早いウインナーとピーマンを網に並べる。定番の焼き肉のたれに加えて、変わり種として持ってきたワサビのチューブも試してみた。
これが意外にもウインナーによく合う。思った以上においしくて、箸が止まらなくなった。
ひとしきり食べ終えると、お腹はすっかりいっぱいになっていた。椅子に深く座り、少し傾き始めた太陽を眺めながら一息つく。普段ならなかなか話さないようなことまで、友達とゆっくり語り合った。
なんだか照れくさくなってきて、最後は川で少し水遊びをしてから片づけをした。
帰り道、今日一日のことを思い返しながら、自転車を漕ぐ。課題はまだ終わっていない。
明日は勉強ばかりすることになるだろうな。
そう思いながらも、不思議と後悔はなかった。夏は夏らしく遊び倒す。それも、きっと夏休みの過ごし方の一つなのだと思う。

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その57

◆ふみかのSF的日常◆ 後篇

【どういうこと?】
 わたしは百年後の後輩にむけてキーボードを叩いた。
【生成AIが作った物語が文化祭をのみこんでしまったんです】
 なんですって! これはもしかすると「宇宙密室殺人事件」をしのぐおおごとなのでは?
「最高じゃない!」
「最悪じゃない?」
「未来の文芸部員が困ってるんだよ。先輩としては放っておけない案件でしょ」
「百年後の後輩ね。実感わかんわ」
 わたしは腕を組んだ。
「迷宮化した文化祭、AI小説生成機。つまり物語的因果律が動いている」
「強引じゃないか?」
「事件にはジャンルがあるってこと!」
 わたしは机を叩いて、栞を論破しようとした。
「推理小説なら謎を解けば出口。SFなら装置を止めれば解決。映画ならクライマックスまで突っ走る!」
「あんたにはついていけん!」
 わたしは即座に返信した。
【どうしたら助けられますか】
【AI小説生成機を破壊してください】
【それはむりですよ。時間軸の矛盾をはらみます】
【おや、あなたはSF小説ファンですか?】
【そうです。大好きです。】
【わたしもです】
【未来人がSF好きって、なんかおかしいですね】
「そんな世間話してる場合か!」
 栞のツッコミにうろたえたのか、返事が途絶えた。画面からウインドウも消えた。その瞬間、校内放送を告げるチャイムが鳴った。『文芸部員の折下ふみか、大至急、職員室まで来なさい』顧問のアシダ先生だ。
「……締め切りの件じゃない」
「たぶんね」
 わたしは栞を従えて、職員室へ向かった。顧問のアシダ先生は椅子をくるりとまわして、ふたりを見あげた。
「本間さんもいたのか」
「はい、たまたま」
「で、要件はなんでしょうか?」
「演劇部がさ、文化祭でコラボしたいって」
「コラボ? 原稿の催促じゃなく?」
「それはまだいいよ。まにあうから」
「まにあうんですか」と意表を突かれた栞。
「まにあうよ。折下さんの遅筆をみこしているからね。で、演劇部の件だけど、脚本をかいてほしいんだって。いま、ホンを書ける部員がいないらしくてさ。手伝ってあげなよ」
 わたしは栞の肩をつかむと、ぐらんぐらんゆすった。栞にはその勢いの意味が読めなかった。なになになに。栞を解放し、アシダ先生に向き直ったわたしは、わかりましたと頭をさげると栞を引きずるように、いや本当に引きずってコンピュータ室にもどった。
「……来たね」
「なにが?」
「時空は閉じたのよ」
「説明!」
 わたしは創作ノートひらくと、乱暴に書きなぐった。「文芸部員は昼寝でも夢を見る2137」。
「あんた、授業中のうたたねでも夢を見るの?」
「わたしたちのSF的体験を芝居にするのさ」
「なにも解決していないのに?」
「書けば解決する。それが物語の必然」
 窓の外では夕焼けがあかあかとにじむようだった。わたしはにやりと笑った。そのとたん、コンピュータの画面にウインドウが開いた。2137年からのメッセージである。
【物語を救うにはあらたな物語が必要です】
【つまり?】
【現在のあなたが、未来の私たちを救い出す物語を書くんですよ。そうすれば……】
【そうすれば、未来の物語が現在のメタ物語でひっくり返される! それをこっちの時間の文化祭で芝居として上演すれば効果テキメン!】
【スバラシー!!!】
 わたしは栞そっちのけでキーボードを叩き始めた……

 部誌の原稿もまだかたちをなしていないのに、ふみかは文化祭用の脚本をかこうとしているのか。私、本間栞は核心をつくその疑問を飲み込むことにした。ふみかは、おそらく、やりとげるだろう。ふみかは誰よりも物語のちからを信じている。そして、追い込まれるほどに実力を発揮する。わたしはそのことをだれよりも、折下ふみか本人よりも知っているのだ。

 太田女子高校文芸部。歴史はあるけど、部室はない。だが想像力の置き場所には困っていなかった。(おしまい)

 

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その56

◆ふみかのSF的日常◆ 前篇

わが文芸部の歴史は太田女子高校の歴史そのものである。学校創設とほぼときを同じくして産声をあげた(らしい)。それなのに、部室はない。活動費はある(少ないけど)。今年は新入部員が9人もきてくれた(そのなかのひとりは2年生だよ)。総勢14人の大所帯である。文芸部はコンピュータ室の一角を借りてほそぼそと活動している。活動日は火曜日と金曜日。きょうは水曜日だからだれもいないとおもったのに、本間栞がきていた。
「どしたの?」
「それはこっちのセリフでもある」
「ここさ、穴場だから」
「うふふ、おぬしもワルよのぉ」
夏である。おもては酷暑である。どこもかしこも暑い。おおくの生徒は自習室に足を運ぶが、そのせいで混雑している。コンピュータ室をつかっているのは理科研究部情報班と文芸部だけ。部活のふりして勉強をしようというはかりごとである。
「栞ちゃんはなにするの?」
「数学の課題。めっちゃむずかしい。ふみかは?」
「わたしは部誌の原稿書き」
「あれ? 締め切りはきのうじゃない?」
「しーっ!」
「関係者はだれもいないけど」
「催促されるまで提出しないのが文豪ってものよ」
 栞は鼻でわらった。
「で、どんなやつ書いてんの?」
「宇宙密室殺人事件」
「宇宙がそもそも密室じゃない?」
「そこが盲点なのよ」
「盲点じゃなく、弱点でしょ」
さすがは学年トップクラスの秀才、本間栞である。いうことが正論である。栞の指摘は聞かなかったことにして、わたしは創作ノートを開いた。そのとき、文芸部専用の古臭いプリンターが突然動き出した。ガガガガ、ウィーン。
「きゃっ」
わたしは栞と顔を見合わせる。そのあとの反応ははやかった。席をたつと、プリンターに駆け寄る。A4のコピー用紙が一枚、ぺろんと一枚出てきた。まるで化物のベロのように。そこには太字でこう書かれていた。〈タスケテ 2137ネンヨリ〉。
「なにこれ」
「……ドッキリ?」
コンピュータ室のおくのほうでは情報班のものたちがなにかやっている。このプリンターにアクセスできるのは文芸部だけ、のはず。
「な、わけないか」
わたしはそのあやしげな紙を慎重につまみ上げ、探偵のように目を細めた。ジャケットのポケットをさぐる。
「なに探してんの?」
「おおきな虫眼鏡」
「そんなの持ち歩いてたっけ?」
「いや」
なんだそれ。栞はわたしから用紙をうばいとり観察する。
「インクは新しい。文字バケなし。紙送りも正常。プリンターにしこまれたなんの変哲もないA4のコピー用紙ね。だけど、発信先は2137年。つまりこのプリンターは百年以上さきの未来とつながっている」
「ワームホール的な?」
ごごごっとうなり音がきこえ、もう一枚の用紙がアカンベェよろしく吐き出される。〈ぱそこん二 ムカヘ〉。
わたしたちは文芸部のパソコンにもどった。わたしが使っていたパソコンの画面に見慣れないウィンドウが開いている。【時空同期率 3%】。
「うわ」
「うわ、っていったね、今」
わたしは震える指でキーボードを叩く。
【あなたは誰ですか?】
数秒後、画面に返事が出た。
【2137年の太女の文芸部員です。花子といいます。コンピュータ室にいます。】
「未来でも部室なし!?」
「そこ継承されるんだ……」
さらに文面が続く。
【たすけてください!】
【どうしたの?】
【文化祭展示用AI小説生成機が暴走し、文化祭が迷宮化しました】
わたしの目がキラリと輝いた。とおもう。実際にはじぶんでみたわけじゃないけどね。(つづく)

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その55

7月。上半期も終わり、いよいよ下半期へ差しかかってきた夏の日。
私、折下ふみかは、炎天下一人自転車を漕いで学校へ向かっていた。ちなみに夏休みは始まっている。なのに、何故登校しているかというと。
夏季課外があるからである!!
もう慣れたが、1年生のときは「え!? そんなものがあるの!?」と驚愕していた記憶がある。今は慣れた。本当に。ただ、結構億劫であることには変わりない。前期だけじゃなくて後期もあるし。何がたのしくてエアコンの効いた愛しの我が家を離れて、日差しの厳しい外に出なければいけないのか。最近は外の気温も日に日に上がっていて、もはや熱中症は避けて通れないほどになっている。日傘と手持ち扇風機は手放せない。紫外線は肌の天敵だから日焼け止めとアームカバーもマスト。そんなこんなで、いろいろ準備して汗を滴らせながら学校に行くのだが、教室に入ると中はがらんどう。人が全然いない。一限目の開始時刻が迫っているというのにだ。気持ちは分かる。うんうん分かるよ。行きたくないよね、そりゃあね。強制でもないもんね。確か。じゃあ偉くない? 私偉くないか? うん。偉い。偉すぎる。ちゃんと後期も出席するつもりでいるし。偉いな、私。
などと自分を鼓舞していると、教室がやけに暑いことに気付く。そうだ。まだ扇風機もエアコンもつけていないじゃないか。やーれやれ、しょうがない。私がつけるとしますか。
幸いにも私の机の位置は教卓に近く、電源の集合地にも近い。私は手持ち扇風機を片手に、扇風機とエアコンの電源をオンにした。はずだった。
「はい?」
扇風機の電源はついたのにエアコンの電源がつかない。何度押しても「中央管理中」となっている。は? もう始まるんですけど? 授業。おかしい。いつもなら8時を過ぎたらつくはずなのに。このままでは蒸し蒸しの空気が充満した教室で授業を受けなければいけなくなる。それだけは嫌だ。ただでさえ外が暑いのに教室も暑いとか無理過ぎる。謎にエアコンがつかないのは私のクラスだけなのかと思い、隣のクラスの子に聞いてみたが、どうやら隣のクラスでもエアコンがつかず困っているようだった。自分のクラスだけエアコンがつかないなどということではなかったのはいいが、問題が解決したわけではない。授業開始のチャイムが鳴るのも、もうすぐだ。あ、終わった。今日はもうダメだ。セルフサウナ状態で授業だ。最悪だ。こうなっては腹を括るしかないか…と思い、私は自分の席で碇ゲンドウポーズでチャイムが鳴るのを待っていた。
課外の1時間目は8:40にはじまる。時計の長針は8:35を指そうとしていた。教室の座席もクラスメイトでほぼ埋まった。私が密かにあきらめの境地に辿りつこうと覚悟を決めているとき、教室に滑り込んできた同じクラスの子が最後の悪あがきと言わんばかり(私にはそう思えた!)にエアコンの操作パネルに近づき、電源スイッチに手を伸ばした。その子に対し、諦めるんだ。今日のエアコンはこちらの言うことを聞いてくれないんだから! と声には出さず思ったのもつかの間。
ピ! ピィ……(起動音)
先刻の抵抗はどこへやら、エアコンは素直に稼働し始めたのだ。瞬時にクラス中に歓喜の声が溢れる。それをよそ目に私は、
「えぇ…」
とため息が出たのであった。

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その54

◆「せせらぎ」191号◆

部誌「せせらぎ」191号が完成しました。

ひとまずデジタル版をアップします。

アナログ版は7/21には完成する予定です。

今回も力作ぞろいです。

たくさんのひとに読んでもらえるとうれしいです。

せせらぎ191号.pdf

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