文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その39

「ふみか」をご愛読の皆様、お待たせいたしました。「ふみか」のお時間です。今回は、先月に引き続き有馬記念の……ではなく、12月26日金曜日13:30より行われた太田高校との合同読書会について、話をしたいと思います。
今回の読書会で話し合った本は、阿部公房の「鞄」でした。


主人公「私」がどこか不思議な、鞄を持った青年と、半年過ぎた求人募集をきっかけに出会います。「半年過ぎているにも関わらず、どうして今来たのか」というような趣旨の質問を「私」から投げかけられた青年は、「この鞄のせいでしょうね」「鞄の重さが、ぼくの行き先を決めてしまうのです」と話すのです。「私」は青年に次々と質問を投げかけます。だが青年はその質問をのらりくらりとかわすのです。重たそうで、自分の行き先を決めてしまうという鞄。普通ならば手放せばよいものを、青年は当たり前のように手放さず、何も疑問に思っていなそうな……そんな雰囲気なのです。結局、「私」は青年を採用することになります。ただ、大きな鞄を事務所に置くわけにはいきません。「勤務中に鞄はどうするのか」そう聞かれた青年はなんと、「鞄は下宿に置いておきます」と答えました。今まで頑なに鞄を手放さなかった青年がこうもあっさり鞄を手放したのです。流石に疑問を覚えたのでしょう。「私」が大丈夫なのかと聞くと、「下宿と勤め先の間なんて、道に入りませんよ」と青年は笑いました。そうして残された鞄を「私」は持ち上げ、少し歩いてみることにします。すると、だんだんと青年の言った通り、鞄に導かれるように歩くことしかできなくなり、その時「私」は、「嫌になるほど自由だった」というのでした。
なんとも奇妙で非現実的であるこの作品をめぐって、
①「私」と「青年」の「鞄」に関する見解の違い
②「私」が最後に感じている「いやになるほど」の「自由」とは?
③あなたは「鞄」をどのようなものだとおもうか
④あなたはその「鞄」を必要とするか
などをテーマにして話し合いました。


「私」は「青年」が「鞄」を持っていることに理解を示しません。それはたぶん「鞄」を持つことが「不自由」に思えるからです。それに対して「青年」は自分の自由な意思で「鞄」を持っているらしい。そこに見解の相違があります。でも最終的に「私」はその「鞄」を手にし「鞄」による制限を受けながら「いやになるほど」の「自由」を味わって小説は幕を閉じます。そんな「自由」って何なのでしょうね。難しすぎます! このような不思議な終わり方をした「鞄」には賛否が分かれました。自由なのにいやになるってどういうこと? そんな謎めいた「鞄」を持ってみたいか? そもそも「鞄」って何?……そういったことを話し合い、意見共有する時間はとても有意義でありました。私としては好みな作品でしたが、好きじゃないというひとの意見を聞くことで新たな視点でこの作品を見つめ直すことができました。また、私と同じように「鞄」が好みである人であっても、好みなポイントが違っていたり、とらえ方が異なっていたりと、自分ひとりでは見つけられなかった「鞄」の魅力に気づくこともできました。
今回の読書会も実りあるものになりました。皆さんも「鞄」を読んで、その不思議な世界観に浸ってみてはどうでしょうか。