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文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その53
◆一つ目の終幕◆
みなさん、こんにちは、こんばんは、それとも、おはようございます? 折下ふみかでございます。今回の「折下ふみかの華麗なる冒険」はちょっとメタい話になります。…
今回の折下文香の〝中の人〟である私が文章を書く回は、今回が最後となります。思えば、ふみかちゃんの冒険の第一回は2024年07月09日、松籟祭(文化祭)についてのお話でした。書いた人は、当時の3年生の先輩だったかな。ふみかちゃん爆誕も、6月のことでしたね。ぬるっと名前が決まったので、実は私も(たぶん当時の文芸部の誰も、もしかしたら顧問の先生も)正確な誕生日を知らないんですよね…。それからおよそ2年間、尊敬してやまない先輩が卒業したり、かわいいかわいい後輩が入ってきてにぎやかになったり、いろいろありながらもみんなで「折下ふみかの華麗なる冒険」を続けてきました。きっと、これからも後輩のみんながいろんな冒険を記していってくれることでしょう。さみしいけど、しょうがないというか。
それはそれとして、私には切実な望みがあります。ふみかちゃんの創作をこれからも続けたい! そして発表する場がほしい!! 前回、「せせらぎ」190号で私は「『折下ふみか』特集」を開催し、みんなでふみかちゃんの物語を書きました。しかし、まだまだネタは尽きない…。けど私には、もう発表する場はない…。
と、いうわけで! 卒業してもふみかちゃんの二次創作(表現あってるのか?)を書き続けられる、発表できるサイトとか作れませんかね!? 「折下文香の拾遺集」とかさぁ…いいと思うんだけど…。卒業しちゃったら「折下ふみか」ちゃんの名前を使うのっていろいろダメだと思うんだよな…。でもふみかちゃんのつもりで書いた話を、ふみかちゃん以外の名前に変えて発表するのも納得できなくて…。どうしようかなぁ。
そういえば、ぜんぜん話が変わっちゃうんですが、一つ心残りがあったんですよ。どうせだし、ここで言っちゃおうかな。2025年06月12日投稿の「文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その20」で、せせらぎ188号の合評会のレポートが載っているんですが、その中の私の作品「記憶のカケラ」で、Gちゃんが「ひとはだれでも死ぬけれど、その宿命を悲観するのではなく、死ぬまでを前向きに生きることで「私」は娘の記憶の中に断片的でもかまわないから生き続けようとつとめる。」って言ってるけど、実はこれ、間違ってるんです。「私」は祖母(「私」にとっての母)を知らない自分の娘に、ブランデーケーキの話をして、その後ねだられるままに自分の母親の話を聞かせることで、会ったことがなくとも、自分の祖母はこういう人だったんだな、って知っておいてもらいたかったし、憶えておいてもらいたかったんです。たぶんこれは、私が、会ったことのないひいおじいちゃんやひいおばあちゃんの話を聞きたがることがある、というところから来ているんでしょう。
この間違いに気づいたとき、直してもらおうかと思ったんですが、投稿されてからやや経っていたし、何と言って直してもらえばいいかもわからなくて、結局言えなかったんですよね。この話がなんだかわからないって人は、「せせらぎ 188号」または「文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その14」、「文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その20」を読んでね。(宣伝)
最後の最後にこんなんでいいのかってちょっと思いましたが、まぁいいでしょう! これからも、「文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険」をよろしくお願いします。そして、後輩ちゃんたち!(まだ見ぬ後輩ちゃんも含めて)ずっとずっと、ふみかちゃんと一緒に、文芸部を盛り上げていってね! 今回の「せせらぎ」に私が出す予定の、ふみかちゃんの死ネタみたいな最期が来ないことを祈ってるよ!!(←何書いてんねん)
それではみなさん、そろそろお別れの時間でしょう。(書きたいことは書きました!!)折下ふみかよ、永遠なれ! …以上、今回の〝中の人〟ラギでした。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その52
6月である。
私、折下ふみかには、とても深刻な悩みがある。それは、本日の太田女子高の生徒にとって共通の悩みだと思う。
「〇〇高校、休校になったって!」
「うわあ、いいなぁ」
「なんで太女は休校にならないのかなぁ」
そう、その悩みとは、台風の接近にもかかわらず休校にならなさそうなことである。
この時期には珍しい台風の接近。私にとって、その意味はたった一つ。
……学校が休みになるかもしれない!
いや、「かもしれない」ではない。きっとなるはずだ。うん、そう信じよう。
台風の影響による被害が大きいのは良くない。でも、あまりに弱い雨だと休校にはならないだろう。だから、台風には休校になるギリギリを攻めてもらいたい。
帰りのホームルームで、先生が言った。
「明日は台風接近の危険があるので、早朝課外がなくなりました。」
「わぁぁぁ! やったー!」
盛り上がる教室の隅で、私は一人思っていた。
……私、課外とってないから、関係ない!
そうだ! 明日の天気を調べよう!
ホームルーム後にスマホを取り出して天気を調べるも、出てくるのは無情にも曇りマークだ。無表情でリロードするも、当たり前だが結果は変わらない。
心の中でため息をつき、スマホをしまう。
まあ、明日になったら、きっと土砂降りで強い風が吹いているはずだ!
その「明日」になった。
起きて早々窓から外の様子を見るが、なんか、思っていたのと違う。
……なんでこんなに弱い雨なの?
いや、もちろん、台風の影響が小さいことは、良いことだ。台風の被害が小さいほうがいいに決まっている。私の母も、雨の日は「洗濯物が乾かない」と怒っているし。
でも、でも……。期待していた。期待していたからこそ、この結果はなんとも悲しい。私の日ごろの行いが悪いから、期待した結果にならなかったのかな。 ……自覚がある。むしろ、自覚しかない。そもそも休校になるように願っている時点で行いが悪い。
……いや、希望を捨てちゃダメ! まだ休校の可能性はあるよね。
スマホを片手に朝ご飯を食べる。もちろん、スマホを見ながらご飯を食べるような、良くない行為をするためではない。学校からの休校の連絡を待つためである。
……こないなぁ。
ご飯を食べ終わる。
………こないなぁ。
学校に行く準備が終わる。
…………こないなぁ。
しょうがない、学校に行こう。
雨のせいか、風のせいか、はたまた気持ちのせいか、一歩が重い。
「おはよ!」
「わっ!」
急に話しかけられ、びっくりする。
「そんなに驚かないでよ。」
「あっ、なんだ、栞ちゃんかー。」
この、「なんだとは何よ」とプリプリ怒っている女の子は私の友達の栞ちゃんだ。
「休校にならなかったね。」
「期待していたのになぁ。」
「しかも△△高校も休校らしいよ。」
「うわあ、いいなー。」
栞ちゃんと仲良く学校に行く。どんよりしていた気持ちはいつしかなくなっていた。
なんだかんだ言って、こういう会話が楽しいのだ。休校になるよりも、学校に行って友達と他愛もない会話をするほうが楽しいと思う。
気づいたころには、もう雨は降っていなかった。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その51
5月9日土曜日。太田女子高校の文芸部員と新聞部さん、太田高校の文芸部員さんが集まり、金山登山に挑みました。金山登山というビッグイベントは去年も企画されていましたが、その時は天候に恵まれず、大光院にて句を考え、太田女子高校の小会議室で句会を開くという形になっていたのです。つまり、新入生だけでなく、2、3年生にとっても初めての金山登山となりました。そういうこともあり、波乱万丈となった金山登山の様子を、これからお話していきたいと思います!
登山し始めてすぐのころ、私たちはそれはもうルンルン気分で山を歩いていました。どれくらいかというと、童謡を斉唱してしまうくらいに。余裕だなぁと思っていたのです。なぜなら超なだらかな山道だったから…あなた体力無いんだから大人しく黙って登りなさい!!…なんて、あの時の私に言ってやりたいです。
山頂まであと半分、いや3分の1くらいだったでしょうか。段々と、段々と…! 階段がきつくなってきました。ひぃひぃ言っている人もいれば、まだまだ余裕そうな人もいる、そんな感じでした(私はもちろん前者)。道中ではとにかく様々なことが起こりました。途中で蛇に会っちゃったり、熊出没注意の看板でちょっぴり吃驚したり、水芭蕉の花のクイズを出してもらったり…。
山頂に辿り着いた時の感動は忘れません。とにかく空の青が綺麗に見えました。それから、ふもとにある太田女子高校や太田高校の校舎が凄く小さく見えて、こんなに高いところまで来たのか、という実感が湧きました。日差しは相変わらず強かったので、皆で屋根の下に避難して、絶景を見ながらお昼ご飯を食べました。お菓子交換会なども行われ、にぎやかな休憩時間となりました。
お昼ご飯の後は句会です。皆さん、ここまで登ってきた道のりや、今見えている景色をもとに、素敵な俳句を作っていました。
【太女1年生の作品】
風薫る山頂目指す青い空 山頂で富士霧隠れ初夏の日に
山の中春風強すぎ前見えない
爽やかに木々生い茂る青々と
風吹けば青葉揺れるや山の頂
金山の囀りを聞き春を知る
夏風邪がゆらゆらと吹く金山よ
城趾で若葉の風に行き弾む
【太女2、3年生の作品】
春の山風と闘う土踏まず
風光る木漏れ日のなか歩みゆく
五月晴輪唱響く山の中
揺れ動きさらさらと舞う新緑や
紋白蝶お前も独りであるか
せせらぐは揺らぐ春山小川のように
春の風友と並んで山を行く
空広く風吹き抜ける山若葉
春疾風乱れ心を飛ばさばや
【太田高校生の作品】
快晴の水面に宿る水芭蕉
若葉揺れ風を感じて目を細め
雄々と歴史を語る岩肌よ
金山に風光り咲く夢の跡
行く春に姿変わらずいしかたく
燦々と木漏れ日の雨が降る
ざわざわと震える木々よ気高くて
みなさん(とくに新聞部、太田高校文芸部のひとたち)、素敵な俳句をありがとうございました! 解説や感想を言い合う時間は、更なる作品づくりへのインスピレーションになりました。
下山中も沢山の試練がありました。落ち葉が落ちているところは滑りやすく、私も何度か転びかけました。じゃあ落ち葉じゃないところを…と避けてみても、今度は砂利で足を持っていかれそうになったり。妙に険しいな、と思ったら道を間違えてしまっていたり! (「ごめんさない」顧問の独白)そんな中でも、私たちは協力し、声をかけ合い、手を取り合って何とか無事に下山することができました。山道から抜けた私の第一声は「平らだ……」で、暫く平らな道の良さを噛み締めていました。
運動が大の苦手な私ですが、終わってみると達成感と楽しかった思い出がこみ上げてきて、こういうのも案外悪くないなぁと思えました。皆さんも、勉強やお仕事に疲れた時は、思い切って山登りに行ってみてはいかがでしょうか。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その50
桜について少し思ったことがあるので、書いてみたいと思う。
多くの人は、桜は満開のときが一番いい、と感じていると思う。私もこの前まではそうだった。でも、今年の春に気づいたのは、満開から1、2週間くらい経った花が半分くらい散ってしまった頃の桜も、とても素晴らしいということだ。葉っぱと花、半々くらいがちょうどいいバランスだ。空の青、葉の若緑、桜のピンク。枝の黒でアクセント。満開のとき、木が花で埋め尽くされていると、全体としては華やかで美しいのだけれども、その花ひとつ、ひとつに注視する機会が減ってしまうように思う。全体がぼやっとピンクな感じ。でも、葉っぱがあると、各々の花が緑のなかに際立って、ひとつ、ひとつが大切に思えるようになるのだ。このとき、じっと花を見てみる。桜の花は散ってしまうからと儚いものに思われがちだ。けど、このころに見てみると、周りが新参者の若葉ばかりだから、お花がなんだかベテランに思われて、儚いというよりもむしろ、「ずっとここに居ました、これからもいます」という風な顔をしているように思えるのだ。ふと地面をみる。そんな顔とは反対に、落ちていった仲間が地面で絨毯をつくっている。やはり、永遠ではないことはわかっているのか。仲間に対して、新入りに対して、どんな気持ちなのだろう。有限がわかっていたら、最後に残る花は、きっと、新参者の葉っぱたちになにか、この木の歴史でも語っている。もしかしたら、冬の寒さは辛すぎた、とかと愚痴っているのかも。花たちは、私たちの目を、心を癒してくれた。新入りの葉っぱたちはきっと、夏ごろにはこの木にの主体となって、私たちを強い日差しから守ってくれるだろう。
そんなことを思った今年の春でした。
そして、な、な、なんとついに、「文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険」が連載50回を達成しました!(ぱちぱちぱち)ふりかえればこのブログが産声をあげたのは2024年7月のことです。文芸少女の文芸少女たる矜持をもって、日日是文芸少女である私折下が文芸少女のありったけをこめて作品を書き綴ってまいりました。ちりも積もれば山となる、連載開始から2年の歳月を経て、50回という節目を迎えられたのは、ひとえに「読者」のみなさまのご愛顧の賜物と心得ております。これからも文芸に精進し、現状に満足せず、一作ごとに文芸少女として成長してゆけるように励んでまいりますっ! 乞うご期待!!
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その49
気がつけば、新学期を迎えてからもう一か月が経つ。天を仰げば、色とりどりの大きなこいのぼりが列をなして青空を悠々と泳いでいて、手を広げれば、ほんの少しの湿気を帯びた風が私の体をやさしく撫でてゆく。五月最初の休日は、まだ浮足経ってしまうような陽気に包まれていた。
もうゴールデンウィークがはじまっているというのに、この六日間の予定は何ひとつもたっていない。少し気が早いが、今後外出する予定のない私はスーパーで一パック四つ入りの柏餅を買って家に向かった。誰かとシェアをする前提で作られた賞味期限の短い、甘ったるくて不意に食べたくなる代物。たくさん出された課題を消化しなければならないのに、右手には白くて甘い誘惑。最終日に泣きそうになりながら課題を必死こいて片付ける姿が容易に想像できてしまい、家族が帰ってくるまでは、と思いそれを冷蔵庫の一番上の段にしまい込んだ。
なかなか集中力は続かず、去年の修学旅行で購入したシャーペンをくるくると無意味に回し、ノートの隅をトントンとノックした。ややあって、しびれを切らした私は模範解答を真っ白な解答用紙に赤色で書き連ねた。つぶれた赤い文字を解答用紙いっぱいに書き連ねた。ふぅ、とため息を吐いたのと同時にスマホの通知音が一人きりの部屋に鳴り響いた。「もうすぐ家に着くよ」
そのメッセージを見た途端、忘れかけていた存在が頭に浮かんできた。大きく伸びをした後に、しびれた足をたたきながら冷蔵庫へつま先を向けた。独特な冷蔵庫のにおいを吸って、一番上の段の棚に手を伸ばした。少し冷えたパックが熱くなった体をだんだんと冷まして、足先から脳天まですっきりしていく感覚。大事に抱え、ダイニングテーブルに置き、パックを開ける。柏の香りが鼻の奥にスッと抜けていく感覚が心地よくて勉強でこわばったからだがゆっくりとほどけてゆく。もちもちとした触感と程よいあんこの甘さがクセになり、一口また一口と手が止まらなくなる。あっという間に手の中からなくなった柏餅を思うとなんだか口がさみしくなり、もう一つ柏餅を手に取り食べ始めた。母と父の分を残しておけばきっと大丈夫、そんなことを思い食べ進めた。網戸を通り抜けて優しく私を包む風のせいか、残りの二つを気づいたら食べ終えていた。
満足し、ややあって車のエンジンの音が家に響き、手元にあった空になったパックをばれないようにごみ箱の奥に捨てた。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その48
4月。出会いと別れの季節。寒々しかった空も明るい青空へと変ってゆく時期だ。気がつけばもう2026年も三分の一が終わろうとしている。その事実に驚きが隠せない。え? もう? もう4月なの? と内心戸惑い、焦っている。本当に一年はあっという間だ(まだ気が早い?)。けれど、私にとっては楽しみでもある時期だ。何故なら、新入生が来るから!!! そう、3年生が卒業するということは、新入生が来るということ。つまり、新入部員を募る絶好のチャンス!!!
というわけだ。私、折下ふみかと友達の栞ちゃんは現在太田女子高校文芸部に所属している。この文芸部は結構由緒ある部活動で、年に二回発行している部誌「せせらぎ」は最新のもので190号にも及ぶくらいだ。兼部も可能で自由度も高い、そんな文芸部は今、存続の危機にあった。部員数が少ないのである。現在の文芸部の部員数は全員で5人。先輩を除けば私と栞ちゃんとあとひとりの3人しかいない。これは存続の危機といってもいいだろう。いや、三人でも多分やろうと思えばどうにかはなる。だが、部員が多いことに越したことはない。同じコンピューター室で活動している理科研究部情報班を見ろ。部員数が雲泥の差じゃないか。
という訳で、なんとしても私たちは新入部員を増やさなければならない。私たちは新入部員獲得人数を3人に設定した。そのためには新学期入ってからの部活動紹介で良い印象を得られるようにしないといけない。文芸部の部紹介は、毎年文学作品のパロディ寸劇をする決まりなのだが、これがなかなか難しい。元ネタの要素を残しつつ、なおかつ文芸部を紹介するとなると、どうしても演技時間が長くなってしまう。しかし、時間は舞台に登壇してから退場を含めておよそ3分程度しかない。短い。短すぎる。バリカタのカップラーメンしかできない。この短時間の間で見ている人が満足感を得るシナリオを作るのはいくら創作に慣れている文芸部員でも至難の業だ。今年も当然難航した。うーんうーんと唸りつつ、我ら文芸部員は総動員でこの話を作り上げた。
「文芸部員になろう~おおきなカブ風味を添えて~」
童話「おおきなかぶ」のパロディで、部員が次々と連なって「展開」を引っ張る、という寸劇だ。「それでも部員は増えません」と自虐を繰り返し、最後は部員が5人しかおらず展開を動かすことができないという現実に直面する。暫しの沈黙の後で客席に向き直り、「新入生の君が6人目になってほしい」と直接勧誘するオチになっているものだ。結構いい出来なのではないかと思う。これで、新入生を待ち構える! そうしてあっという間に春休みが過ぎ、新学期がやってきた。
部紹介当日。まずは対面式である。新入生特有の、まだ学校に慣れていないどこか緊張した足取りで1年生達が列になって登場する。かつての自分もこうだったなーと思わず感慨深くなるが、いつまでもそうではいられない。対面式のあとはいよいよ部紹介だ。部紹介は新入生だけでなく、在校生も楽しみなイベントだ。部活動の学芸発表会的な趣きがある。文芸部の発表順は5番目。わりと早いような気がする。最初の方の部活の発表を準備の関係で見られないのは少し悲しい。でもしかし、そんなことより全力を尽くして発表し後輩を勧誘せねば。しばらくすると係の子から声をかけられた。
「文芸部準備お願いします!」
はい! と軽く返事をして、私達は舞台袖に向かった。
―――無事なんとか発表が終わった。手応えとしては、正直、微妙…! 個人的にはもっと笑い声とかが聞こえてもおかしくないくらいの内容だと思っていたのだが、なんだが今年の新入生は少々シャイなようで、客席からの声は全く持って聞こえなかった。若干ではあるが、スベっていたような気もする。どうしよう、このままこのあとの部活見学期間中に新入生が誰も来なかったら…。もしそうなってしまったら本当に終わりだ。せせらぎに別れを告げなければならなくなる。ああ…! さよなら、さよなら、さよならぁぁぁあ…(オフコースの「さよなら」です)と、活動場所で頭を抱えていた私だった。
部紹介の翌週の金曜日が部結成である。私たちは部紹介がうまくいったのかどうなのかまったく手応えがないまま、月曜日から木曜日まで毎日コンピュータ室で、新入生を待つことにした。そこに一筋の光が差し込んだ。
「すいません、文芸部の見学に来たんですけど…」
夢に見るほど渇望した、新入生の声だった。
「えっ?」
拍子抜けして裏返った声が口から溢れる。この子は来てくれたのだ。何が理由かはわからないが(部紹介の寸劇のせいでしょ!)、それでも、文芸部に興味を持って、来てくれた。胸の中で春風が吹き抜けた。どうやら、ちゃんと4月だったようだ。
「えええええっ!?」
その後も沢山新入生が来てくれた。本当にありがたいことだ。さて、ここで今年の新入部員を発表しよう。結果は…8人!! 私たちの予想をはるかにこえる人数である。嬉しさでどうにかなりそうになる。これからの文芸部がますます楽しみになった。つぎは金山登山だ。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その47
はじめまして。おりしたふみか、と申します。折紙の「折る」と上下の「下」、「ふみか」はひらがなです。和菓子屋の看板娘か、大正ロマンの女学生のようだと言われますが、現代を生きるフツーの女子高生です。以下私のフツーについて話します。
朝6時に起きます。目覚めはいいほうです。すぐに顔を洗います(顔だけです。歯を磨くのは食後です)。それから朝ごはんまでのあいだ、読書をします。朝ごはんは7時です。猛スピードで平らげます。それからあれやこれやと学校にゆく準備をし、自転車を飛ばします。学校には7時45分ころ到着します。SHRまでは自習室で勉強します(ほんとですよ)。
部活は文芸部です。本を読み、勉強をし、残った時間で自分が書く小説のことを考えます。思いついたことは「創作まるひノート」にずらずら書き込みます。部活は週に2回、火曜日と金曜日です。コンピュータ室で執筆です。同級生がおしゃれなカフェでパンケーキの写真を撮っているころ、私はコンピュータ室の一角で「密室殺人に窓は必要か」と眉根にシワを寄せています。ほかの部員とおしゃべりする時間でもあります。ついついおしゃべりに流れます。お菓子を食べるときは廊下にでます(コンピュータ室は飲食禁止ですよ!)。青春とは何かと問われれば、「提出日前日の推敲作業」と答えたいところです。
好きなものは推理小説です。事件が起こり、手がかりが散りばめられ、最後に名探偵が「わかりました」と言う、あの一連の流れに弱いのです。現実の私には、朝なくしたヘアピンの行方すら突き止められないのに、本の中では靴底の泥や時計のずれから真相にたどり着く人々がいます。私は彼らを尊敬しています。せめて日常でもその観察眼を活かしたいのですが、私に見抜けるのは母親の言葉に隠された真意だけです。たとえば「あなたの部屋は混沌としてるね」とは「さっさと部屋をかたづけなさい!」です。
SFも好きです。遠い未来、人類が火星に住み、AIと共存し、銀河を旅する時代。そんな壮大な世界に胸が躍ります。もっとも、私自身は教室のエアコンの温度設定に不満たらたらの人類を見ているので、宇宙進出の前にまずは温度設定の権利を獲得することが重要だと思っています(それって政治のはなしじゃね?)。未知の惑星、時間旅行、並行世界という言葉には抗えません。マルチバースの私はきっと、原稿の締切を守り、スポーツ万能で、数学の小テストでつねに満点を取っていることでしょう。
話題の映画もよく観ます。流行に敏感というより、「今みんなが関心をもっているものに興味がある」という野次馬根性に近いかもしれません。サスペンスなら伏線を探し、SFなら設定を考察し、恋愛映画なら「このすれ違い、あと十五分早く話し合えば解決したのでは」と別の意味でハラハラします。エンドロールが流れるころには、物語に感動する気持ちと、脚本の構造を分析したい気持ちが半々です。映画館を出たあと友人に「どうだった?」と聞かれ、「良かった。カメラワークとカット割りが刺激的だった!」と答えて微妙な顔をされた経験があります。
休日には親に連れられて山登りもします。最初に言っておきますが、私は休日の朝、5時に起床して、山道を登りながら「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」などと考えるタイプではありません(ほんとはそうなりたいけど。漱石センセイ尊敬してます)。どちらかといえば、布団と相思相愛です。しかし両親は山を見れば登りたがるマロリーみたいな人たちです。ものごころついたときから私はかれらに連れられて登山をしていました。登山道では「あと少し」が信用できない言葉ランキング第1位です。父親の「あと少し」があと40分くらいなのはザラです。その言葉にだまされながら、それでも、山頂に到着し、さわやかな風を受けると、不思議なことに登山サイコーと思えます。そこからでしか見られない遠くの景色、自分の足でやり遂げた達成感、そして何より下山後のごはんのおいしさ。文明と空腹の勝利です。
こうして並べると、私はずいぶん散らかった趣味の持ち主に見えるかもしれません。殺人事件を解き、宇宙を旅し、映画を観て、山に登る。履歴書に書いたら採用担当者が戸惑いそうです。でも私の中では、全部がちゃんとつながっています。推理小説は「なぜ」を考える楽しさを、SFは「もしも」を想像する自由を、映画は「誰かの物語を受け取る喜び」を、山登りは「一歩ずつ進めば景色が変わること」を教えてくれます。
文芸部で文章を書くときも、それらが役に立ちます。登場人物の小さな違和感に気づく目、まだ誰も見たことのない世界を思い描く力、人の心が動く瞬間を信じる気持ち、そして途中で息が切れても最後まで書き切る根性。たぶん私は、趣味で遊んでいるように見えて、少しずつ自分を作っているのだと思います。
そんなわけで、折下ふみかです。ごくフツーの女子高生です。もし私が教室で黙って窓の外を見ていたら、恋の悩みを抱えているのではなく、密室トリックをひねり出そうとしているか、タイムリープの矛盾を解消しようとしているか、こんど観る映画に思いを馳せているか、週末の登山で筋肉痛になった足をいたわっているか、です。どうぞ気軽に話しかけてください。私からもどしどし話しかけますので、よろしくお願いします。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その46
私は完全に行き詰まっていた。書けない。なにも思い浮かばない。原稿の締切は迫っているのに、あたまのなかも創作ノートもからっぽのままだった。理由はわかっている。春のせいだ。3月はいい。でも4月になったとたん、気分がもやもやしてくる。エッセイだけではなく、いろんなことにやる気がでなくなる。大好きな読書もできやしない。
場所を変えれば気分も変わるかとおもって、学校の図書館を目ざした。生ぬるい大気を突き抜けるように自転車をこいで学校に辿りつく。なんだかとてもペダルが重たかった。だれもいないだろうとおもっていたら、栞ちゃんがひとりで勉強していた。彼女は図書館のひっそりとした静けさに沈み込むようだった。英語の課題に取り組んでいるらしい。やってねー。それもやる気にならない。栞ちゃんは「よっ」と顔をあげると、すぐに問題集に集中した。さすがである。私は彼女の右斜めむかいにすわり、ノート型のPCをとりだす。春休みの時間が少しだけ遅く流れている気がする。もやもやの理由ははっきりしない。新学期、クラス替え、まだ見えない人間関係。変わっていく予感だけが、ぼんやりと胸の奥に居座っている。楽しいはずの春なのに、どこか取り残されているような感覚。PCをたちあげても、言葉はうまくつかまらず、キーボードのうえを指がさまようだけだ。
「顔、コワイよー」
栞ちゃんが話しかけてきた。
「……なんか、春って苦手かも」
私は机に突っ伏して、ぽつりとこぼした。意外にも栞ちゃんは「ああ、それね」と納得したようにうなずいた。
「理由ないのに、なんかどよんとしちゃうんだよね。春ってそういうとこ、あるよね」
「栞ちゃんにも、あるの、そういうの?」
「あるっちゃある」
成績優秀、スポーツ万能、美貌と文才をかねそなえた、文芸部の☆、本間栞から聞く驚きの発言だった。
「どうすんの? そういうとき」
「すべてをうけいれる」
「いいねー、栞ちゃんは、能天気でさ」
「花見、いこ」
唐突な展開にすこし戸惑ったけれど、このままここにいても、なんの進展もなさそうなので私は小さくうなずいた。
「でも、いいの課題?」
「いいっていいって。息抜き息抜き」
司書のOさんに挨拶をして、荷物をそのままに、図書館を出る。ぬくもりのなかに、冷たさを含む空気が春の匂いをまとっていた。ふたりで並んで歩きながら、他愛もない話をする。その時間が、少しずつ心をゆるめていく。学校の近くを流れる小さな川沿いがりっぱな桜並木になってる。しっていたけど知らなかった。通学路じゃないので通ったこともない。桜はちょうど満開だった。驚異的なまでに両岸の桜が小川に覆いかぶさっていた。圧巻だった。「きれいー」と叫ぶしかないとおもいながら、私はそのことばを飲み込んでいた。栞ちゃんは私の顔を覗き込むようにしてしきりにうなずいていた。私たちは川にかかった小さな橋の欄干にもたれ、しばし桜の虜になった。私と栞ちゃんは風になびくこんもりとした桜の風景のなかに包まれていた。川沿いの小道を近所のお年寄りやベビーカーを押した母親が何組かそぞろ歩きをしていた。青空を背景にして綿菓子のような桜の花が映えている。花びらが可憐に舞いはじめていて、昼前の陽光にきらりと輝いてみえた。遠くから眺めているだけだった春に、やっと少し触れられた気がする。塞いでいた気持ちが、ゆっくりとほどけていく。私たちは桜並木の端まであるき、戻ってくる途中の公園のベンチに腰掛けた。いいものがあるんだ、といって栞ちゃんが制服のポケットから紙包みを取り出した。
「なに?」
「じゃじゃーん」
栞ちゃんが紙包みを開いて私に見せてくれたのは、ラップにくるまれたヨモギ餅だった。鮮やかな緑色が私の小腹をくすぐった。ふたつある。
「はい、ひとつあげるよ」
「いいの?」
「もちろんだよ」
「ありがと!」
私はひとつつまんでラップを解いた。閉じ込められていた春の香りがぽわんと立ち昇る。その瞬間に少しだけ気分が明るくなる。ひと口かじる。やわらかい皮がのびる。ほのかな餡子の甘さが舌先に触れる。少しだけほろ苦い。その味が春の混沌をすっと包みこんで、喉元を過ぎた。
「……おいしい」
すなおな感激がしずかなひとことにあらわれた。栞ちゃんがくすっと笑った。
「でしょ。こういうの食べると、春も悪くないなって思える」
「花より団子」
「いや、花と団子」
その言い方がなんだかおかしくて、私は思わず笑ってしまった。さっきまでのもやもやがまるで掃除機に吸い込まれたみたいにすっきりしていた。
「気分は、ブルーで、ピンクで、グリーンで」
「なにそれ?」
「エッセイのタイトル」
「ふうん。いいじゃん」
新学期がはじまるまであと5日だった。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その45
いよいよ新年度がはじまります! 始業式と入学式は4月8日水曜日。これを書いているのは3月31日なのでまだすこし先の話になります。3月2日に卒業式を終え、在校生の私たちは、その後、来年度の教科書を買ったり、個人写真を撮ったり、教室や下駄箱を移動したりして、そわそわしているうちに、春休みになってしまいました。時間って、アッ! という間に過ぎ去ってしまうものなんですね。気づいたら一週間が経っていた、みたいな感じでとにかく慌ただしくて、ようやく文芸部のこれからを考えられるようになりました。新学期には新入生を歓迎&勧誘する部紹介があるし(4月10日です)、たくさんの新入生に入部してもらいたい。部紹介では、おもしろくて、愉快で、楽しくて、といった文芸部のすばらしさを新入生に伝えたい。おおくの新入生に興味を持ってもらい、ひとりでもおおくの新入部員を迎えられるといいな。私自身にはあまりユーモアのセンスがないので難しいけど、新入生が笑ってくれるような「部紹介コント」を作りたいと思っています。え? 文芸部がコント? そうなんです。文芸部員はコントも書けますよ。乞うご期待! 新年度はどんな部員が増えて、どんな作品を創れるかな? 今から楽しみで、わくわくしている私です。今年度は、いったいどんな「華麗なる冒険」が私たちを待っているのでしょうか。まずは、文芸部恒例、金山登山ですね。てっぺんとるぜ!
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その44
2026年3月24日火曜日をもって、わたしたち太女生にとって2026年度が無事終了しました! ぱちぱちぱち。通知表もいただきまして、一年間のわたしの学業成績を振り返ると、愕然とするところもありましたが、次年度に向けてのよい発奮材料になるなと前向きにとらえることにして、春休みに突入します。
3月1日の卒業式で先輩たちを送り出し、物寂しい思いに囚われつつ、学年末の残りすくない日日をすごしてゆきながら、今度はクラス内に「友達と離れるのが怖い」「不安だ」なんて声が溢れかえるようになりました。新学期が始まるという、ポジティブとネガティブが混ざりあうこの時期……わたしは、お腹を痛めていました。おそらく不安から……。
また、終業式への不安とは関係ないことではありますが、つい最近、気分が最高潮に達したその瞬間、ソファーの足に小指をぶつけました。痛すぎて、軽く5分くらい悶えていました。
そんなこんなで不幸なこともありましたが、幸せだったことももちろんありました。贈り物として描いていた絵が、歴代最高の出来になったり、今まで描けなかった構図を描けるようになったり……イラスト関連でないものといえば、そんなに交流が無かった子と話してみたら凄く盛り上がったり、太田高校との探究合同授業で太田生と会話が弾んだり、本当に多くの幸せがありました。
些細なことであろうと、幸せは幸せ。一個一個の幸せを噛み締めれば、ちょっと大きな不安も乗り越えられるとわたしは思っています。
これから入学してくる新一年生の皆さんがこれを読んでくれていたならいいな、と思います。太女に入学してから、勉強、友人関係、家族……沢山のことで、みなさんはこれから悩むかもしれません。わたしもそうでした。今でも沢山悩んでいます。それでも、こうして一年を乗り越えたのです。それは、ただ悲しいことや自分の悪いところに目を向けるのではなく、「こんな楽しいことがあった」「この時幸せを感じた」と、些細な幸せに目を向けたからです。もちろん、ずっとそうでは駄目だけれど……思い詰めすぎないように、という意味です。わたしにとっては「文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険」を続けてきたこともおおきな自信になっています。
日常生活の中に、ささやかな幸せを見つけるのって、案外楽しいものですよ! ぜひ試してみてください!
そして「ふみかの冒険」をこれからもよろしくお願います。