カテゴリ:文芸部
部誌「せせらぎ」190号
太田女子高校文芸部誌「せせらぎ」190号を発行しました。
(190号ってスゴクないですか?)
デジタル版でおたのしみください。
アナログ版は鋭意とじ込み中です(学年末テスト直前なので難航してます)。
完成したら昇降口に置いておきますので是非お手にとってお読みください。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その40
もう一月もおわるというのに日差しは春のように暖かく、かじかむ心をそっとほぐしてくれる。二月になれば受験の話で持ちきりになってしまう。でも、二月には二大イベントがある。節分とバレンタイン。おいしいものが食べられるイベントばかりでちょっと嬉しい。
今日は節分の話をしよう。バレンタインの話はまた、今度ね。これを読んでいるキミは節分をどう過ごすんだろう。私はいつも夕食に恵方巻と豚汁を食べて、食後に好きなだけ豆をつまむのが恒例なの。あの豆の、無心で食べ続けられるような素朴な味と食感がかなり好きで、毎年密かに楽しみにしていたりする。ただ今年は食べて楽しむだけでは物足りない! だから今日は節分にまつわる豆知識を共有するね。
節分の起源は平安時代。中国の風習が伝わり、宮中の大晦日に厄払いとして「追儺(ついな)」が行われたところから。このときは豆ではなく、桃の木の弓や葦の矢で疫鬼(えきき)を追い払っていたそう。室町時代から豆を撒くようになったようで、豆は「魔滅」とも表記され、昔から邪気を払う力が信じられていた。ちなみに、節分の豆は地域差があって、落花生を撒くところもある。雪の多い地域では殻付きの落花生の方が拾いやすく、衛生的だからという理由らしい。子どものころこの話を聞いたときは、知らない世界の一部分を知ったように感じて、妙なほどにときめいた。
恵方巻の起源は諸説あって、「戦国時代の武士の話」や「花街の遊びの話」、「江戸時代後半から明治時代前半の大阪の商業組合の話」などが有力。恵方巻の「恵方」とはその年の金運や幸福をつかさどる神様の歳徳神(としとくじん)がいる方角のことで、昔は恵方巻だけでなく初詣の際にも恵方を参考にしたとか。恵方巻の具が七種類なのは七福神にあやかったものである。
こんな話をしていると早く二月が来てほしくなってくる。あと数日、寝て起きて大きなあくびをして、おいしいご飯を食べたらきっとやってくる。過ごしやすい天気もいいけど、冬らしく、家の中でこたつで包まったりストーブの前で縮こまったりして私は節分を迎えたいな。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その39
「ふみか」をご愛読の皆様、お待たせいたしました。「ふみか」のお時間です。今回は、先月に引き続き有馬記念の……ではなく、12月26日金曜日13:30より行われた太田高校との合同読書会について、話をしたいと思います。
今回の読書会で話し合った本は、阿部公房の「鞄」でした。
主人公「私」がどこか不思議な、鞄を持った青年と、半年過ぎた求人募集をきっかけに出会います。「半年過ぎているにも関わらず、どうして今来たのか」というような趣旨の質問を「私」から投げかけられた青年は、「この鞄のせいでしょうね」「鞄の重さが、ぼくの行き先を決めてしまうのです」と話すのです。「私」は青年に次々と質問を投げかけます。だが青年はその質問をのらりくらりとかわすのです。重たそうで、自分の行き先を決めてしまうという鞄。普通ならば手放せばよいものを、青年は当たり前のように手放さず、何も疑問に思っていなそうな……そんな雰囲気なのです。結局、「私」は青年を採用することになります。ただ、大きな鞄を事務所に置くわけにはいきません。「勤務中に鞄はどうするのか」そう聞かれた青年はなんと、「鞄は下宿に置いておきます」と答えました。今まで頑なに鞄を手放さなかった青年がこうもあっさり鞄を手放したのです。流石に疑問を覚えたのでしょう。「私」が大丈夫なのかと聞くと、「下宿と勤め先の間なんて、道に入りませんよ」と青年は笑いました。そうして残された鞄を「私」は持ち上げ、少し歩いてみることにします。すると、だんだんと青年の言った通り、鞄に導かれるように歩くことしかできなくなり、その時「私」は、「嫌になるほど自由だった」というのでした。
なんとも奇妙で非現実的であるこの作品をめぐって、
①「私」と「青年」の「鞄」に関する見解の違い
②「私」が最後に感じている「いやになるほど」の「自由」とは?
③あなたは「鞄」をどのようなものだとおもうか
④あなたはその「鞄」を必要とするか
などをテーマにして話し合いました。
「私」は「青年」が「鞄」を持っていることに理解を示しません。それはたぶん「鞄」を持つことが「不自由」に思えるからです。それに対して「青年」は自分の自由な意思で「鞄」を持っているらしい。そこに見解の相違があります。でも最終的に「私」はその「鞄」を手にし「鞄」による制限を受けながら「いやになるほど」の「自由」を味わって小説は幕を閉じます。そんな「自由」って何なのでしょうね。難しすぎます! このような不思議な終わり方をした「鞄」には賛否が分かれました。自由なのにいやになるってどういうこと? そんな謎めいた「鞄」を持ってみたいか? そもそも「鞄」って何?……そういったことを話し合い、意見共
有する時間はとても有意義でありました。私としては好みな作品でしたが、好きじゃないというひとの意見を聞くことで新たな視点でこの作品を見つめ直すことができました。また、私と同じように「鞄」が好みである人であっても、好みなポイントが違っていたり、とらえ方が異なっていたりと、自分ひとりでは見つけられなかった「鞄」の魅力に気づくこともできました。
今回の読書会も実りあるものになりました。皆さんも「鞄」を読んで、その不思議な世界観に浸ってみてはどうでしょうか。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その38
「ふみか」ファンの皆さん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ついに2026年が幕をあけましたね。前回のブログでも書きましたけど、今年は午年です。しかも60年ぶりの丙午だそうで (これを読んでいる人のどれくらいが丙午の俗説を知っているでしょうか。まったく今どきじゃないハラダタシイ言い伝えです。気になったらググってみてください。「丙午」は「ひのえうま」とよみます) 。でも丙午なんて私には関係ない! 本年も私は駆け抜けます。そう、千里馬のように!(決まった…)(そういえば有馬記念、みました? 1番人気のレガレイラは4着と残念な結果でしたが、優勝したのは3番人気3歳馬のミュージアムマイルでした。おみごとです。ダービー6着の雪辱をはたしたってところですね。ちなみに「屈辱」は「晴らす」ものです)とまあ、前置きはこれくらいにして、本題に入りましょうか。
新年一発目の今回ですが、去年行われた読書会と句会の話をします。え? 新年のおめでたい話じゃないかって?いやァ、それも話したいんですが、ここは一つ、目をつぶって頂けると助かります。本当は話したいんですがね、ええ。さて、切り替えていきましょう。
2025年もおしせまった、12月26日金曜日13:30より大田高校との合同読書会と句会が、太女の図書館で行われました。体感的には夏に行われたものよりもより白熱し、学びが多かったと思います。特に読書会は大いに盛りあがりましたね。そのようすはまた次回にお話しすることにして(なにもったいぶってるんだよ!)、今回は句会の顚末を話そうと思います。
今回の句会のテーマは「雪」。師走らしくてとても良いと思いました。前述の通り、前半に行われた読書会が予想以上に盛り上がり長引いてしまったので、句を考え作る時間は実質20分ちょっとしかなかったのですが、そんな短時間の中でも参加者は創意工夫を凝らし、ある人は6句も作っていました。そのため、なんと10人で合計40句もの句が出来ました! 素晴らしい! そのなかからひとり5句、よいと思った俳句に投票することになりました。どの作品のできばえも素晴らしく、みんなも悩んでいたようですが、秀句が7句選出されました。その後、投票した人が感想をのべ、最後に作者が作品の意図を説明しました。
結果的に短い時間での句会になりましたが、濃密な交流ができました。参加してくださった太田高校文芸部の皆様、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
次回! 読書会! 乞う、ご期待!
《参加者の俳句》
◆上位7句◆
本心は黒い空から白い雪
◎「腹黒さ」を秘めた「白雪」。発想が秀逸です。
猛吹雪遅延長引く秋田行き
◎これほんとに大変ですよね。雪国の苛酷さが偲ばれます。
まだ白い散れる桜を懐かしむ
◎「雪」なのに「桜吹雪」をもってくるひねりがいいですね。
朝6時起きろ起きろと光る雪
◎雪に起床をせかされる無邪気さがよいです。
(「朝6時」じゃまだ日が昇ってないだろ! とつっこまれていましたが)
白雪を踏んでは濁した登下校
◎まだだれも踏んでいない白い雪、踏みたくなります!
道往きて雪を幸とす者もあり
◎「往き」「雪」「幸(ゆき)」という語の畳みかけに技を感じます。
銀世界一歩踏み出せ別世界
◎「銀世界」ではじまって「別世界」でしめる、取り合わせの妙です。
(「新世界」にすると「銀世界」と韻を踏むことにあとで気づきました。蛇足です)
◆その他の句◆
往来に流れる曲は達郎か しまり雪縮こまっては似た者同士
冬月に照らされ灯る白野原 赤い鼻隠そうとした雪の白
咲く花は雪の結晶時流れ 山肌も衣替えかな雪化粧
もてはやす雪だってただの雨ヨ 白溶けて三つ星晴れる闇夜かな
温もりに雪と時間は解かされて 白々し吹きつける風冬の舞
雪山で熊を見かけたことがある かろやかに長靴鳴らして雪と舞う
碌々と息を放てば白と雪 雪の降る夜に見つけた覗く星
道草もかぶも埋もれて白化粧 ふり向けば雪面に描くわたしの軌跡
人の身を憂えと泣かす天ノ雲脂 お化粧も上手なのねと雪に委ねて
雪風に眼鏡曇らせ鼻啜る 雪塊を投ぐは子供と青空を
願っても なかなか逢わぬ 雪景色 天狼を 覆い隠して 冬が降る
雪起し 聞いて覗いて 眺む庭 扉開け広がる雪と心かな
ゆきめぐり出口のみえぬ初詣 空風にあらがえぬ町暮れてゆき
オリオンの星瞬いてゆきくれぬ クリスマス雪になりたいみぞれかな
雪持てば錦鯉へと化けた手の平 寒き朝車に乗るが息白し
身震わせバランス崩す木枯らしや 背中押し 鳴きつつゆくか 虎落笛
冬雲は 雪を連れるか 今度こそ
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その37
先日、友達が誕生日を迎えて一つ年を取り、大人に一歩近づいていた。その彼女が、翌日くらいに「LINEがあってよかった」というようなことを言っていた。どうしてかと訊ねると、LINEの、誕生日の友だちを祝う機能で、学校が違って普段は会えない友達からメッセージが届いたとのこと。彼女は筆無精らしく、必要なとき以外のメッセージのやり取りはほとんどしないとのこと(何を送ればいいのかもわからないらしいが…)だが、誕生日や、お正月などのときに一言でもメッセージが来ると嬉しいとも言っていた。何と送るか悩むけれど、一言を送るのも楽しいらしい。普段はあまりやらないけれど、今年は私も「あけましておめでとう」とメッセージを送ってみようかな。
2025年もあとわずか。過ぎてしまうとはやいものですね。Time flies. 光陰如矢であります。昔のひとは年が明けるとひとつ年をとったそうです(誕生日とは関係なくってことです。数え年というらしい。そもそも生まれたときに一歳になっていたそうですよ)。明けまして御目出度いのは無事にひとつ年齢をかさねられたことを寿いでいるんだそうです(諸説あります)。きょう(12/23)は予餞会です。文芸部は恒例の文学パロディ・スライドショーです。力作です。3年生が喜んでくれるといいなぁ。文芸部魂は受け継がれていますよー。12/24はクリスマスイヴ。わたしのところにサンタクロースがこなくなって何年になるでしょうか(両親が代行してくれています)。「レッド・ワン」という映画、みました? 我が家にサンタはこないけど、サンタはいる、と信じているわたしです。来年は午年。千里馬常有、而伯楽不常有。あ、そのまえに12/28は有馬記念だ!(「ロイヤル・ファミリー」をみてすっかり競馬ファンになりました)みなさん、よいお年をお迎えください。では。