カテゴリ:文芸部
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その50
桜について少し思ったことがあるので、書いてみたいと思う。
多くの人は、桜は満開のときが一番いい、と感じていると思う。私もこの前まではそうだった。でも、今年の春に気づいたのは、満開から1、2週間くらい経った花が半分くらい散ってしまった頃の桜も、とても素晴らしいということだ。葉っぱと花、半々くらいがちょうどいいバランスだ。空の青、葉の若緑、桜のピンク。枝の黒でアクセント。満開のとき、木が花で埋め尽くされていると、全体としては華やかで美しいのだけれども、その花ひとつ、ひとつに注視する機会が減ってしまうように思う。全体がぼやっとピンクな感じ。でも、葉っぱがあると、各々の花が緑のなかに際立って、ひとつ、ひとつが大切に思えるようになるのだ。このとき、じっと花を見てみる。桜の花は散ってしまうからと儚いものに思われがちだ。けど、このころに見てみると、周りが新参者の若葉ばかりだから、お花がなんだかベテランに思われて、儚いというよりもむしろ、「ずっとここに居ました、これからもいます」という風な顔をしているように思えるのだ。ふと地面をみる。そんな顔とは反対に、落ちていった仲間が地面で絨毯をつくっている。やはり、永遠ではないことはわかっているのか。仲間に対して、新入りに対して、どんな気持ちなのだろう。有限がわかっていたら、最後に残る花は、きっと、新参者の葉っぱたちになにか、この木の歴史でも語っている。もしかしたら、冬の寒さは辛すぎた、とかと愚痴っているのかも。花たちは、私たちの目を、心を癒してくれた。新入りの葉っぱたちはきっと、夏ごろにはこの木にの主体となって、私たちを強い日差しから守ってくれるだろう。
そんなことを思った今年の春でした。
そして、な、な、なんとついに、「文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険」が連載50回を達成しました!(ぱちぱちぱち)ふりかえればこのブログが産声をあげたのは2024年7月のことです。文芸少女の文芸少女たる矜持をもって、日日是文芸少女である私折下が文芸少女のありったけをこめて作品を書き綴ってまいりました。ちりも積もれば山となる、連載開始から2年の歳月を経て、50回という節目を迎えられたのは、ひとえに「読者」のみなさまのご愛顧の賜物と心得ております。これからも文芸に精進し、現状に満足せず、一作ごとに文芸少女として成長してゆけるように励んでまいりますっ! 乞うご期待!!
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その49
気がつけば、新学期を迎えてからもう一か月が経つ。天を仰げば、色とりどりの大きなこいのぼりが列をなして青空を悠々と泳いでいて、手を広げれば、ほんの少しの湿気を帯びた風が私の体をやさしく撫でてゆく。五月最初の休日は、まだ浮足経ってしまうような陽気に包まれていた。
もうゴールデンウィークがはじまっているというのに、この六日間の予定は何ひとつもたっていない。少し気が早いが、今後外出する予定のない私はスーパーで一パック四つ入りの柏餅を買って家に向かった。誰かとシェアをする前提で作られた賞味期限の短い、甘ったるくて不意に食べたくなる代物。たくさん出された課題を消化しなければならないのに、右手には白くて甘い誘惑。最終日に泣きそうになりながら課題を必死こいて片付ける姿が容易に想像できてしまい、家族が帰ってくるまでは、と思いそれを冷蔵庫の一番上の段にしまい込んだ。
なかなか集中力は続かず、去年の修学旅行で購入したシャーペンをくるくると無意味に回し、ノートの隅をトントンとノックした。ややあって、しびれを切らした私は模範解答を真っ白な解答用紙に赤色で書き連ねた。つぶれた赤い文字を解答用紙いっぱいに書き連ねた。ふぅ、とため息を吐いたのと同時にスマホの通知音が一人きりの部屋に鳴り響いた。「もうすぐ家に着くよ」
そのメッセージを見た途端、忘れかけていた存在が頭に浮かんできた。大きく伸びをした後に、しびれた足をたたきながら冷蔵庫へつま先を向けた。独特な冷蔵庫のにおいを吸って、一番上の段の棚に手を伸ばした。少し冷えたパックが熱くなった体をだんだんと冷まして、足先から脳天まですっきりしていく感覚。大事に抱え、ダイニングテーブルに置き、パックを開ける。柏の香りが鼻の奥にスッと抜けていく感覚が心地よくて勉強でこわばったからだがゆっくりとほどけてゆく。もちもちとした触感と程よいあんこの甘さがクセになり、一口また一口と手が止まらなくなる。あっという間に手の中からなくなった柏餅を思うとなんだか口がさみしくなり、もう一つ柏餅を手に取り食べ始めた。母と父の分を残しておけばきっと大丈夫、そんなことを思い食べ進めた。網戸を通り抜けて優しく私を包む風のせいか、残りの二つを気づいたら食べ終えていた。
満足し、ややあって車のエンジンの音が家に響き、手元にあった空になったパックをばれないようにごみ箱の奥に捨てた。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その48
4月。出会いと別れの季節。寒々しかった空も明るい青空へと変ってゆく時期だ。気がつけばもう2026年も三分の一が終わろうとしている。その事実に驚きが隠せない。え? もう? もう4月なの? と内心戸惑い、焦っている。本当に一年はあっという間だ(まだ気が早い?)。けれど、私にとっては楽しみでもある時期だ。何故なら、新入生が来るから!!! そう、3年生が卒業するということは、新入生が来るということ。つまり、新入部員を募る絶好のチャンス!!!
というわけだ。私、折下ふみかと友達の栞ちゃんは現在太田女子高校文芸部に所属している。この文芸部は結構由緒ある部活動で、年に二回発行している部誌「せせらぎ」は最新のもので190号にも及ぶくらいだ。兼部も可能で自由度も高い、そんな文芸部は今、存続の危機にあった。部員数が少ないのである。現在の文芸部の部員数は全員で5人。先輩を除けば私と栞ちゃんとあとひとりの3人しかいない。これは存続の危機といってもいいだろう。いや、三人でも多分やろうと思えばどうにかはなる。だが、部員が多いことに越したことはない。同じコンピューター室で活動している理科研究部情報班を見ろ。部員数が雲泥の差じゃないか。
という訳で、なんとしても私たちは新入部員を増やさなければならない。私たちは新入部員獲得人数を3人に設定した。そのためには新学期入ってからの部活動紹介で良い印象を得られるようにしないといけない。文芸部の部紹介は、毎年文学作品のパロディ寸劇をする決まりなのだが、これがなかなか難しい。元ネタの要素を残しつつ、なおかつ文芸部を紹介するとなると、どうしても演技時間が長くなってしまう。しかし、時間は舞台に登壇してから退場を含めておよそ3分程度しかない。短い。短すぎる。バリカタのカップラーメンしかできない。この短時間の間で見ている人が満足感を得るシナリオを作るのはいくら創作に慣れている文芸部員でも至難の業だ。今年も当然難航した。うーんうーんと唸りつつ、我ら文芸部員は総動員でこの話を作り上げた。
「文芸部員になろう~おおきなカブ風味を添えて~」
童話「おおきなかぶ」のパロディで、部員が次々と連なって「展開」を引っ張る、という寸劇だ。「それでも部員は増えません」と自虐を繰り返し、最後は部員が5人しかおらず展開を動かすことができないという現実に直面する。暫しの沈黙の後で客席に向き直り、「新入生の君が6人目になってほしい」と直接勧誘するオチになっているものだ。結構いい出来なのではないかと思う。これで、新入生を待ち構える! そうしてあっという間に春休みが過ぎ、新学期がやってきた。
部紹介当日。まずは対面式である。新入生特有の、まだ学校に慣れていないどこか緊張した足取りで1年生達が列になって登場する。かつての自分もこうだったなーと思わず感慨深くなるが、いつまでもそうではいられない。対面式のあとはいよいよ部紹介だ。部紹介は新入生だけでなく、在校生も楽しみなイベントだ。部活動の学芸発表会的な趣きがある。文芸部の発表順は5番目。わりと早いような気がする。最初の方の部活の発表を準備の関係で見られないのは少し悲しい。でもしかし、そんなことより全力を尽くして発表し後輩を勧誘せねば。しばらくすると係の子から声をかけられた。
「文芸部準備お願いします!」
はい! と軽く返事をして、私達は舞台袖に向かった。
―――無事なんとか発表が終わった。手応えとしては、正直、微妙…! 個人的にはもっと笑い声とかが聞こえてもおかしくないくらいの内容だと思っていたのだが、なんだが今年の新入生は少々シャイなようで、客席からの声は全く持って聞こえなかった。若干ではあるが、スベっていたような気もする。どうしよう、このままこのあとの部活見学期間中に新入生が誰も来なかったら…。もしそうなってしまったら本当に終わりだ。せせらぎに別れを告げなければならなくなる。ああ…! さよなら、さよなら、さよならぁぁぁあ…(オフコースの「さよなら」です)と、活動場所で頭を抱えていた私だった。
部紹介の翌週の金曜日が部結成である。私たちは部紹介がうまくいったのかどうなのかまったく手応えがないまま、月曜日から木曜日まで毎日コンピュータ室で、新入生を待つことにした。そこに一筋の光が差し込んだ。
「すいません、文芸部の見学に来たんですけど…」
夢に見るほど渇望した、新入生の声だった。
「えっ?」
拍子抜けして裏返った声が口から溢れる。この子は来てくれたのだ。何が理由かはわからないが(部紹介の寸劇のせいでしょ!)、それでも、文芸部に興味を持って、来てくれた。胸の中で春風が吹き抜けた。どうやら、ちゃんと4月だったようだ。
「えええええっ!?」
その後も沢山新入生が来てくれた。本当にありがたいことだ。さて、ここで今年の新入部員を発表しよう。結果は…8人!! 私たちの予想をはるかにこえる人数である。嬉しさでどうにかなりそうになる。これからの文芸部がますます楽しみになった。つぎは金山登山だ。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その47
はじめまして。おりしたふみか、と申します。折紙の「折る」と上下の「下」、「ふみか」はひらがなです。和菓子屋の看板娘か、大正ロマンの女学生のようだと言われますが、現代を生きるフツーの女子高生です。以下私のフツーについて話します。
朝6時に起きます。目覚めはいいほうです。すぐに顔を洗います(顔だけです。歯を磨くのは食後です)。それから朝ごはんまでのあいだ、読書をします。朝ごはんは7時です。猛スピードで平らげます。それからあれやこれやと学校にゆく準備をし、自転車を飛ばします。学校には7時45分ころ到着します。SHRまでは自習室で勉強します(ほんとですよ)。
部活は文芸部です。本を読み、勉強をし、残った時間で自分が書く小説のことを考えます。思いついたことは「創作まるひノート」にずらずら書き込みます。部活は週に2回、火曜日と金曜日です。コンピュータ室で執筆です。同級生がおしゃれなカフェでパンケーキの写真を撮っているころ、私はコンピュータ室の一角で「密室殺人に窓は必要か」と眉根にシワを寄せています。ほかの部員とおしゃべりする時間でもあります。ついついおしゃべりに流れます。お菓子を食べるときは廊下にでます(コンピュータ室は飲食禁止ですよ!)。青春とは何かと問われれば、「提出日前日の推敲作業」と答えたいところです。
好きなものは推理小説です。事件が起こり、手がかりが散りばめられ、最後に名探偵が「わかりました」と言う、あの一連の流れに弱いのです。現実の私には、朝なくしたヘアピンの行方すら突き止められないのに、本の中では靴底の泥や時計のずれから真相にたどり着く人々がいます。私は彼らを尊敬しています。せめて日常でもその観察眼を活かしたいのですが、私に見抜けるのは母親の言葉に隠された真意だけです。たとえば「あなたの部屋は混沌としてるね」とは「さっさと部屋をかたづけなさい!」です。
SFも好きです。遠い未来、人類が火星に住み、AIと共存し、銀河を旅する時代。そんな壮大な世界に胸が躍ります。もっとも、私自身は教室のエアコンの温度設定に不満たらたらの人類を見ているので、宇宙進出の前にまずは温度設定の権利を獲得することが重要だと思っています(それって政治のはなしじゃね?)。未知の惑星、時間旅行、並行世界という言葉には抗えません。マルチバースの私はきっと、原稿の締切を守り、スポーツ万能で、数学の小テストでつねに満点を取っていることでしょう。
話題の映画もよく観ます。流行に敏感というより、「今みんなが関心をもっているものに興味がある」という野次馬根性に近いかもしれません。サスペンスなら伏線を探し、SFなら設定を考察し、恋愛映画なら「このすれ違い、あと十五分早く話し合えば解決したのでは」と別の意味でハラハラします。エンドロールが流れるころには、物語に感動する気持ちと、脚本の構造を分析したい気持ちが半々です。映画館を出たあと友人に「どうだった?」と聞かれ、「良かった。カメラワークとカット割りが刺激的だった!」と答えて微妙な顔をされた経験があります。
休日には親に連れられて山登りもします。最初に言っておきますが、私は休日の朝、5時に起床して、山道を登りながら「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」などと考えるタイプではありません(ほんとはそうなりたいけど。漱石センセイ尊敬してます)。どちらかといえば、布団と相思相愛です。しかし両親は山を見れば登りたがるマロリーみたいな人たちです。ものごころついたときから私はかれらに連れられて登山をしていました。登山道では「あと少し」が信用できない言葉ランキング第1位です。父親の「あと少し」があと40分くらいなのはザラです。その言葉にだまされながら、それでも、山頂に到着し、さわやかな風を受けると、不思議なことに登山サイコーと思えます。そこからでしか見られない遠くの景色、自分の足でやり遂げた達成感、そして何より下山後のごはんのおいしさ。文明と空腹の勝利です。
こうして並べると、私はずいぶん散らかった趣味の持ち主に見えるかもしれません。殺人事件を解き、宇宙を旅し、映画を観て、山に登る。履歴書に書いたら採用担当者が戸惑いそうです。でも私の中では、全部がちゃんとつながっています。推理小説は「なぜ」を考える楽しさを、SFは「もしも」を想像する自由を、映画は「誰かの物語を受け取る喜び」を、山登りは「一歩ずつ進めば景色が変わること」を教えてくれます。
文芸部で文章を書くときも、それらが役に立ちます。登場人物の小さな違和感に気づく目、まだ誰も見たことのない世界を思い描く力、人の心が動く瞬間を信じる気持ち、そして途中で息が切れても最後まで書き切る根性。たぶん私は、趣味で遊んでいるように見えて、少しずつ自分を作っているのだと思います。
そんなわけで、折下ふみかです。ごくフツーの女子高生です。もし私が教室で黙って窓の外を見ていたら、恋の悩みを抱えているのではなく、密室トリックをひねり出そうとしているか、タイムリープの矛盾を解消しようとしているか、こんど観る映画に思いを馳せているか、週末の登山で筋肉痛になった足をいたわっているか、です。どうぞ気軽に話しかけてください。私からもどしどし話しかけますので、よろしくお願いします。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その46
私は完全に行き詰まっていた。書けない。なにも思い浮かばない。原稿の締切は迫っているのに、あたまのなかも創作ノートもからっぽのままだった。理由はわかっている。春のせいだ。3月はいい。でも4月になったとたん、気分がもやもやしてくる。エッセイだけではなく、いろんなことにやる気がでなくなる。大好きな読書もできやしない。
場所を変えれば気分も変わるかとおもって、学校の図書館を目ざした。生ぬるい大気を突き抜けるように自転車をこいで学校に辿りつく。なんだかとてもペダルが重たかった。だれもいないだろうとおもっていたら、栞ちゃんがひとりで勉強していた。彼女は図書館のひっそりとした静けさに沈み込むようだった。英語の課題に取り組んでいるらしい。やってねー。それもやる気にならない。栞ちゃんは「よっ」と顔をあげると、すぐに問題集に集中した。さすがである。私は彼女の右斜めむかいにすわり、ノート型のPCをとりだす。春休みの時間が少しだけ遅く流れている気がする。もやもやの理由ははっきりしない。新学期、クラス替え、まだ見えない人間関係。変わっていく予感だけが、ぼんやりと胸の奥に居座っている。楽しいはずの春なのに、どこか取り残されているような感覚。PCをたちあげても、言葉はうまくつかまらず、キーボードのうえを指がさまようだけだ。
「顔、コワイよー」
栞ちゃんが話しかけてきた。
「……なんか、春って苦手かも」
私は机に突っ伏して、ぽつりとこぼした。意外にも栞ちゃんは「ああ、それね」と納得したようにうなずいた。
「理由ないのに、なんかどよんとしちゃうんだよね。春ってそういうとこ、あるよね」
「栞ちゃんにも、あるの、そういうの?」
「あるっちゃある」
成績優秀、スポーツ万能、美貌と文才をかねそなえた、文芸部の☆、本間栞から聞く驚きの発言だった。
「どうすんの? そういうとき」
「すべてをうけいれる」
「いいねー、栞ちゃんは、能天気でさ」
「花見、いこ」
唐突な展開にすこし戸惑ったけれど、このままここにいても、なんの進展もなさそうなので私は小さくうなずいた。
「でも、いいの課題?」
「いいっていいって。息抜き息抜き」
司書のOさんに挨拶をして、荷物をそのままに、図書館を出る。ぬくもりのなかに、冷たさを含む空気が春の匂いをまとっていた。ふたりで並んで歩きながら、他愛もない話をする。その時間が、少しずつ心をゆるめていく。学校の近くを流れる小さな川沿いがりっぱな桜並木になってる。しっていたけど知らなかった。通学路じゃないので通ったこともない。桜はちょうど満開だった。驚異的なまでに両岸の桜が小川に覆いかぶさっていた。圧巻だった。「きれいー」と叫ぶしかないとおもいながら、私はそのことばを飲み込んでいた。栞ちゃんは私の顔を覗き込むようにしてしきりにうなずいていた。私たちは川にかかった小さな橋の欄干にもたれ、しばし桜の虜になった。私と栞ちゃんは風になびくこんもりとした桜の風景のなかに包まれていた。川沿いの小道を近所のお年寄りやベビーカーを押した母親が何組かそぞろ歩きをしていた。青空を背景にして綿菓子のような桜の花が映えている。花びらが可憐に舞いはじめていて、昼前の陽光にきらりと輝いてみえた。遠くから眺めているだけだった春に、やっと少し触れられた気がする。塞いでいた気持ちが、ゆっくりとほどけていく。私たちは桜並木の端まであるき、戻ってくる途中の公園のベンチに腰掛けた。いいものがあるんだ、といって栞ちゃんが制服のポケットから紙包みを取り出した。
「なに?」
「じゃじゃーん」
栞ちゃんが紙包みを開いて私に見せてくれたのは、ラップにくるまれたヨモギ餅だった。鮮やかな緑色が私の小腹をくすぐった。ふたつある。
「はい、ひとつあげるよ」
「いいの?」
「もちろんだよ」
「ありがと!」
私はひとつつまんでラップを解いた。閉じ込められていた春の香りがぽわんと立ち昇る。その瞬間に少しだけ気分が明るくなる。ひと口かじる。やわらかい皮がのびる。ほのかな餡子の甘さが舌先に触れる。少しだけほろ苦い。その味が春の混沌をすっと包みこんで、喉元を過ぎた。
「……おいしい」
すなおな感激がしずかなひとことにあらわれた。栞ちゃんがくすっと笑った。
「でしょ。こういうの食べると、春も悪くないなって思える」
「花より団子」
「いや、花と団子」
その言い方がなんだかおかしくて、私は思わず笑ってしまった。さっきまでのもやもやがまるで掃除機に吸い込まれたみたいにすっきりしていた。
「気分は、ブルーで、ピンクで、グリーンで」
「なにそれ?」
「エッセイのタイトル」
「ふうん。いいじゃん」
新学期がはじまるまであと5日だった。