文芸部ブログ
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その38
「ふみか」ファンの皆さん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。ついに2026年が幕をあけましたね。前回のブログでも書きましたけど、今年は午年です。しかも60年ぶりの丙午だそうで (これを読んでいる人のどれくらいが丙午の俗説を知っているでしょうか。まったく今どきじゃないハラダタシイ言い伝えです。気になったらググってみてください。「丙午」は「ひのえうま」とよみます) 。でも丙午なんて私には関係ない! 本年も私は駆け抜けます。そう、千里馬のように!(決まった…)(そういえば有馬記念、みました? 1番人気のレガレイラは4着と残念な結果でしたが、優勝したのは3番人気3歳馬のミュージアムマイルでした。おみごとです。ダービー6着の雪辱をはたしたってところですね。ちなみに「屈辱」は「晴らす」ものです)とまあ、前置きはこれくらいにして、本題に入りましょうか。
新年一発目の今回ですが、去年行われた読書会と句会の話をします。え? 新年のおめでたい話じゃないかって?いやァ、それも話したいんですが、ここは一つ、目をつぶって頂けると助かります。本当は話したいんですがね、ええ。さて、切り替えていきましょう。
2025年もおしせまった、12月26日金曜日13:30より大田高校との合同読書会と句会が、太女の図書館で行われました。体感的には夏に行われたものよりもより白熱し、学びが多かったと思います。特に読書会は大いに盛りあがりましたね。そのようすはまた次回にお話しすることにして(なにもったいぶってるんだよ!)、今回は句会の顚末を話そうと思います。
今回の句会のテーマは「雪」。師走らしくてとても良いと思いました。前述の通り、前半に行われた読書会が予想以上に盛り上がり長引いてしまったので、句を考え作る時間は実質20分ちょっとしかなかったのですが、そんな短時間の中でも参加者は創意工夫を凝らし、ある人は6句も作っていました。そのため、なんと10人で合計40句もの句が出来ました! 素晴らしい! そのなかからひとり5句、よいと思った俳句に投票することになりました。どの作品のできばえも素晴らしく、みんなも悩んでいたようですが、秀句が7句選出されました。その後、投票した人が感想をのべ、最後に作者が作品の意図を説明しました。
結果的に短い時間での句会になりましたが、濃密な交流ができました。参加してくださった太田高校文芸部の皆様、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
次回! 読書会! 乞う、ご期待!
《参加者の俳句》
◆上位7句◆
本心は黒い空から白い雪
◎「腹黒さ」を秘めた「白雪」。発想が秀逸です。
猛吹雪遅延長引く秋田行き
◎これほんとに大変ですよね。雪国の苛酷さが偲ばれます。
まだ白い散れる桜を懐かしむ
◎「雪」なのに「桜吹雪」をもってくるひねりがいいですね。
朝6時起きろ起きろと光る雪
◎雪に起床をせかされる無邪気さがよいです。
(「朝6時」じゃまだ日が昇ってないだろ! とつっこまれていましたが)
白雪を踏んでは濁した登下校
◎まだだれも踏んでいない白い雪、踏みたくなります!
道往きて雪を幸とす者もあり
◎「往き」「雪」「幸(ゆき)」という語の畳みかけに技を感じます。
銀世界一歩踏み出せ別世界
◎「銀世界」ではじまって「別世界」でしめる、取り合わせの妙です。
(「新世界」にすると「銀世界」と韻を踏むことにあとで気づきました。蛇足です)
◆その他の句◆
往来に流れる曲は達郎か しまり雪縮こまっては似た者同士
冬月に照らされ灯る白野原 赤い鼻隠そうとした雪の白
咲く花は雪の結晶時流れ 山肌も衣替えかな雪化粧
もてはやす雪だってただの雨ヨ 白溶けて三つ星晴れる闇夜かな
温もりに雪と時間は解かされて 白々し吹きつける風冬の舞
雪山で熊を見かけたことがある かろやかに長靴鳴らして雪と舞う
碌々と息を放てば白と雪 雪の降る夜に見つけた覗く星
道草もかぶも埋もれて白化粧 ふり向けば雪面に描くわたしの軌跡
人の身を憂えと泣かす天ノ雲脂 お化粧も上手なのねと雪に委ねて
雪風に眼鏡曇らせ鼻啜る 雪塊を投ぐは子供と青空を
願っても なかなか逢わぬ 雪景色 天狼を 覆い隠して 冬が降る
雪起し 聞いて覗いて 眺む庭 扉開け広がる雪と心かな
ゆきめぐり出口のみえぬ初詣 空風にあらがえぬ町暮れてゆき
オリオンの星瞬いてゆきくれぬ クリスマス雪になりたいみぞれかな
雪持てば錦鯉へと化けた手の平 寒き朝車に乗るが息白し
身震わせバランス崩す木枯らしや 背中押し 鳴きつつゆくか 虎落笛
冬雲は 雪を連れるか 今度こそ
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その37
先日、友達が誕生日を迎えて一つ年を取り、大人に一歩近づいていた。その彼女が、翌日くらいに「LINEがあってよかった」というようなことを言っていた。どうしてかと訊ねると、LINEの、誕生日の友だちを祝う機能で、学校が違って普段は会えない友達からメッセージが届いたとのこと。彼女は筆無精らしく、必要なとき以外のメッセージのやり取りはほとんどしないとのこと(何を送ればいいのかもわからないらしいが…)だが、誕生日や、お正月などのときに一言でもメッセージが来ると嬉しいとも言っていた。何と送るか悩むけれど、一言を送るのも楽しいらしい。普段はあまりやらないけれど、今年は私も「あけましておめでとう」とメッセージを送ってみようかな。
2025年もあとわずか。過ぎてしまうとはやいものですね。Time flies. 光陰如矢であります。昔のひとは年が明けるとひとつ年をとったそうです(誕生日とは関係なくってことです。数え年というらしい。そもそも生まれたときに一歳になっていたそうですよ)。明けまして御目出度いのは無事にひとつ年齢をかさねられたことを寿いでいるんだそうです(諸説あります)。きょう(12/23)は予餞会です。文芸部は恒例の文学パロディ・スライドショーです。力作です。3年生が喜んでくれるといいなぁ。文芸部魂は受け継がれていますよー。12/24はクリスマスイヴ。わたしのところにサンタクロースがこなくなって何年になるでしょうか(両親が代行してくれています)。「レッド・ワン」という映画、みました? 我が家にサンタはこないけど、サンタはいる、と信じているわたしです。来年は午年。千里馬常有、而伯楽不常有。あ、そのまえに12/28は有馬記念だ!(「ロイヤル・ファミリー」をみてすっかり競馬ファンになりました)みなさん、よいお年をお迎えください。では。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その36
「ふみか」ファンのみなさん、こんにちは。はやいものでもう師走です。さむくなりましたねー。でもわたしはどちらかというと冬が好きです。やっぱコタツとミカンですよね。さて、今となってはだいぶ前のことになっちゃいますけど、10月の中旬、3泊4日の修学旅行に行って来ました! わーわー!!
スケジュールとしては、
1日目:広島へ。原爆ドームと平和記念公園、原爆資料館を見学。
2日目:宮島(嚴島神社)へ。その後、京都に向かいながらクラス別行動(研修)。
3日目:京都で班別研修。その後、金剛能楽堂にて能の見学。
4日目:京都でクラス別バス研修。太田へ帰還。
…といった感じでしょうか。全部を詳しくお話するのは難しいので、印象に残ったところなどを選んでお話しますね。
まずは広島。広島の思い出といえば、平和記念公園と資料館、宮島、そして広島風お好み焼き…‼ 初めて路面電車に乗ったんですが、ほかのクラスといっしょに乗る予定だった電車が遅れてしまい、平和記念公園と資料館を見学する時間が少し少なくなってしまいました。そうそう、資料館といえば。入ってすぐ、大変だったことが一つありました。…人多すぎぃ!! 資料室が外国人であふれていて、全然進まないし、見たい資料が見られないしで、だいぶ大変でした。でも、テレビで見ているだけじゃわからない、たくさんのことを聞いたり、知ることができました。夜ご飯は広島風お好み焼き。焼きそばの挟まったお好み焼きみたいな感じの…お好み焼き食べたことないですけど。すっっごくおいしかったです!! また食べに行きたいなぁと思いました。
京都に行く途中では、クラス別行動で姫路城に行きました。天守閣に登れるということで登ったんですが、外の石階段は段差が低くて幅が広いので登りにくく、天守内の階段は急すぎて降りるときに手すりにしがみつかないと降りられないぐらいでした。外敵の侵入を防ぐという意味もあったかもしれないけど、それにしたって昔の人すごすぎる…夜ご飯は神戸の中華街で食べました。タピオカとかフルーツ飴とか、流行りっぽい(?)食べ物もけっこうあってなんだか意外でした。姫路から京都まで一緒に行ってくれたバスガイドさんがとてもおもしろい人で、いろんな話をしてくれるので、バスでの移動中、退屈しなかったです。
京都では…初めて能を見ました。あまり見る機会はないし、聞く機会のないだろう話をたくさん聞けて楽しかったです。音を響かせるために、舞台の下に甕が入っているとか、着物の形や色に意味があって使い分けているとか…実に興味深かったです。班別行動では一念坂、二年坂、三年坂を登ったり、三十三間堂に行ったり、豊国神社で瓢箪形の絵馬を書いたりしました。特に夕ご飯に京都駅で食べたラーメンがおいしかったです。
四日目には練切を作る体験をしました。きれいに作るの難しかった…
なんだかんだありましたが、無事に行って帰って来られてよかったですね。書ききれなかったけど、他にもたくさんのおいしいものと興味をひかれるものたちに出会えました。またいつか行くことがあったら、時間の都合で見られなかったものを見たり、おこづかいの関係で買えなかったお土産を買ったりしたいです。
以上、とても端折った修学旅行の報告でした。
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その35
10月25日土曜日。土曜学習を公欠し、私たち文芸部が向かったのは高崎音楽センターであった。第31回群馬県高等学校総合文化祭の文芸部門交流会に参加するためだ、慣れない切符の購入に戸惑うこともあったが、何とか協力して高崎駅へ到着することが出来た。道中では文芸部員内の絆がさらに深まったように思う。
高崎音楽センターの会場前の公園で小ぬか雨にうたれながら食事をしていると、見覚えのある方々がいた。GWの直前に私たちと交流会をしてくださった太田高校文芸部の皆さんだ(そういえばあの日も雨だった。金山登山をあきらめて大光院まで散歩してから太女で句会をひらいたのでした)。面識があるからか、わざわざおもてに出てきてくれて、話しかけてくださり、待ち時間……というかお昼ご飯を食べる時間は、雨天に打ち勝つほど晴れやかな気持ちで過ごすことが出来た(途中から会場内で食事をさせてもらいました)。
交流会は13:30にスタートした。まずは第20回群馬県高校生文学賞表彰式がとりおこなわれた。残念ながら今年度は太女文芸部からの受賞はなく悔しい結果となったものの、表彰されている他校文芸部諸氏の背中を見て、次こそは……という燃え立つような向上心に繋がったのは良かった。
表彰式後には、句会が行われた。今回の句会は10人でひとつのグループをつくり、参加者が事前に提出した俳句三句を見せ合い、評価するという形で行われた。最初は緊張から小声であったり、極力話さない人が多かったが、じょじょに打ち解けてきて、相手の俳句の良さを伝え合うことのできる穏やかな空気になっていった。交流会を通し、他の文芸部の活動の様子を知ること、他校の方々と交流する機会を作ることができた……そう実感し、私は交流会の開催の意義を知った。
句会の最後にはグループ内の投票で優秀者を決めることに。私たち太田女子高校からもひとりの文芸少女が優秀賞に選ばれて面目躍如たるものがあった。部員のひとりとしてとても喜ばしかった(私じゃなかったのはくやしいけど)。これからのコンクールや句会などでよりよい作品をつくりあげることができるように、今後も部誌などの機会を通して精進していきたいとつよくおもった。
太女生の俳句
香り立つ金木犀の通学路
朝冷や淋しさに泣く曇り空
今はなきかつてを想う秋の暮
指絡み濁り酒には酔えぬまま
木犀の香に踊らされ覚めぬ夢
コスモスの色に魅せられ揺れる影
赤と黄の唐衣(からぎぬ)纏った山粧(よそお)う
丸っこい頬と銀杏我が子の笑顔
帰り道夕日で染まった赤とんぼ
また一つ秋を浮かべて錦かな
空渡り雁と見紛う飛行機よ
読書の秋ふと窓見ればつるべ落とし
金木犀頬をなでる六限目
秋の苦か昔を思う平均点
さわさわさわ食欲を呼ぶ稲の音
文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その34
段々と肌寒くなり、冬の気配がする季節となった。道を歩いていると金木犀の匂いが漂い、秋の深さを感じる。紅葉や銀杏が色づき始めるのもこの時期だ。最近、家までの帰り道に銀杏の実がよく落ちている。余談だが、銀杏の実を食べるときにいつも実の鮮やかな黄緑色に驚かされる。お前、そんな色をしてたのか。
それはさておき、今回は私をノスタルジーな気持ちにさせるものについて書こうと思う。このお題も、ある意味秋らしくていいんじゃあないかと勝手に思っている。
突然だが、私は夕暮れが好きだ。太陽が地平線の彼方に沈んでいくあの様が好きだ。それに伴ってできる空も好きだ。オレンジでもなければ紫でもないあの曖昧な空の色が好きだ。私は好きなものを見てノスタルジーを感じるわけではないのだが、何故か夕暮れをみると切ない気持ちになってくるのだ。俗に言う「エモい」というやつなのだろうが、その三文字では収まらない“何か”が胸の中からこみ上げてくる。その“何か”に名前を付けたいが、私はそれにぴったり収まる名前を知らない。なので、近しいであろう「ノスタルジー」という言葉を使っている。この“何か”は、なにも夕暮れを見てるときだけ出てくるわけではない。日常の様々な場面に出てくるのだ。例えば、雨が降っている音を一人で聞いているとき。しとしとと降る雨音をぼんやりと聞いていると、得も言われぬ気持ちになる。また、神社や寺に行ったときもそうだ。古い建物を前にすると私の心は“何か”にとりつかれる。さらには秋という季節にも反応する。落葉を見ると例のやつが顔をだしてくるのだ。これらを書いていて今思ったのは「どれも儚いものだな」という感想だが、「本当に儚いだけですむ話か?」とも同時に思った。やはり言葉がでてこない。よく分からない感覚であることに変わりはないらしい。
だが、この感覚は嫌いではない。むしろ好きなほうである。胸の奥が締め付けられるが、不思議と心地がいい。物悲しくなることには変わらないのだが、何故か嬉しく感じるときもある。感性が人よりも豊かなのだろうか。何度考えても答えは未だにでない。
私はいつか、この答えを出したい。いつになるかは分からない。だが私はずっとこの気持ちと生きていくことになるだろう。現代は、人生100年時代と言われている。100年のうちのどこかでならきっと見つかるだろう。そう信じて生きていくことにする。いつか自分の言葉で、この感情を表現したい。