カテゴリ:文芸部

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険その7

 初めまして、もしくはお久しぶりです。……と言っても、太女の部・同好会の中では比較的更新頻度は高いので、「久しぶり」はしっくりこない気もするが。ともあれ、今回お届けするのは浦島太郎の物語だ。おっと、画面を閉じる前に。『浦島太郎』は誰もが知る定番の昔話だが、この太郎と姫様はそれとは少々違うようで…? お楽しみいただければ幸いだ。

◇浦島太郎◇

 昔々あるところに、浦島太郎という気弱で真面目なことで有名な漁師が、年老いた母親とふたりで暮らしていた。ある日、太郎が普段のように海へ出かけると、浜辺では村の子どもたちが大きな亀をつつき回して遊んでいた。
「こら、おまえたち、何をやっている! 今すぐ亀を放してあげなさい!」
「げえっ、くそ真面目の太郎さんじゃ」
「普段は優しいけどたまにおっかない太郎さんじゃ!」
「逃げろっ、逃げろおっ」
子どもたちは亀をいじめていた木の枝を打ち捨てると、散り散りに駆けていった。中には亀にぶつかるように枝を投げてから逃げるのもいた。
「亀どの、亀どの、大丈夫かい」
太郎がぐっと首を縮めていた亀の傍にしゃがみ込むと、亀はゆっくり顔を上げた。
「ああ、すんでのところで助かった。感謝する」
「亀なのにしゃべるのか」
「話しかけてきたのはそっちのくせに、しゃべったらいけないのか」
「……いや。とにかく、陸は危ない。早く海へお戻りなさい」
「では礼として、海の中の宮殿にお主も連れて行こう。姉上が喜ぶに違いない」
「はあっ!? ままま待ってくれ、おれのおっかさんに伝えてからでないと」
「『くそ真面目の太郎さん』と言われるだけあるな」
 亀はニヤリと微笑を浮かべた。
「黙っとけ」
 これには太郎も赤面し、軽く怒鳴るように返した。この非礼に亀は腹を立てるでもなく、
「いいだろう。別れの挨拶をしておいで」
   *
 かくして浦島太郎を背に乗せた亀は竜宮城へとやって来た。亀は謁見の間で太郎を下ろすなり、立派な身なりの人間の王子へと姿を変えた。
「姉上、連れてまいりました。私を救ってくださった人間で、浦島太郎といいます。深い孝行の心もあり、王配殿下となるのにこれほど相応しい者はいないでしょう」
「さようか、ご苦労であった。下がるがよい」
 王に相応しい、よく通る威厳に溢れた声でそう言うと、竜宮城の姫は太郎に向かって、
「お話は愚弟より伺っております。困っている亀に手を差し伸べる優しさに、わたくし感服いたしました。どうかわたくしとともに竜宮城の主となり――」
「少々お待ちを! おれ……私は急に連れてこられたとばかりで、話が見えないのです」
「ごめんあそばせ。では、すぐに王配にとは申しませんから、三日ばかり滞在してくださいな」
「は、はいっ、喜んで」
   *
 三日が経ち、浦島太郎は一度家へ帰ることとなった。竜宮城の若き女王は「決して開けてはならない」と言って彼に玉手箱を託し、実は王弟だった美丈夫は再び亀へと姿を変えて彼を陸まで送り届けた。
 村に戻ると何とびっくり、陸上の世界では三日ではなく三百年の歳月が流れており、生家は面影もなく消えてしまい、当然のことながら太郎を直接知るものはいなかった。それどころか、舟が沈んで殉職した漁師として、苔まみれの小さな祠ができている始末。たった一人の家族もとうに死んでいると知ると、母想いの太郎はおんおん泣いた。唯一手許にあった玉手箱をきつく抱えて、身も世もなく涙を流した。
   *
 太郎が帰ってから、陸上の世界で十年が経った。太郎は手頃な空き家に住み着いて、漁師を続けながら細々と独り暮らしをしていた。ある日、太郎が漁へ出かけようと浜辺に出ていったときだ。突然海の水面が不気味に波打ったかと思うと、あの竜宮城の姫が亀の姿をした弟に背負われて現れた。
「太郎どの! 二時間経っても戻らないので来てしまいました」
「姫様!?」
「なぜ玉手箱を開けていないの! これだからくそ真面目はっ!」
「なぜって……くそまj……え?」
「それにはわたくしどもと同じ寿命を得られる秘薬が入っておりましたの。開ければ分かりますわ。陸上でその効果を得れば、ここでの時間の進み、すなわち人やものの移り変わりが途端に速く見え、海に入るとちょうどよく感じられるはずよ」
 無邪気な少女のように満面の笑みを見せると、女王は玉手箱の蓋を開いた。たちまち全身に煙を浴びた太郎は、一気に自分と女王と亀以外の周りのものすべてが目の回るような速さで変化してゆくさまを目の当たりにし、呆然と細い息を吐いた。
「今、おれは、どうしてこんな」
「前にもお話しした通り、わたくしの王配になっていただきたくて。さあ、帰りますよ」
 嬉しげに差し出された白魚のごとき姫の手を、太郎はつい咄嗟に握り返してしまった。
   *
 こうして我々の感覚からすると万年の寿命を得た浦島太郎は、時に突拍子もない言動をする女王を諫める役目を彼女の弟とともに永きに渡って務め、晩年には海の賢君と呼ばれるまでになった。
 めでたし、めでたし?