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文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 特別篇
僕の大きな小人さん(全3話) 長山穂乃花
第3話(最終回)
「さて、リーと帰るか」
最後のお客もいなくいなくなったことだし、と帰り支度をする。通りに面した大きな窓にカーテンを下ろし、入口のドアにも鍵を掛ける。
ギイっと軋んだ音を立ててバックヤードに入って鍵を掛けた。バックヤードと言っても、店頭に並べない植物を置いているため天窓からの明かりが入る作りになっていて、意外に明るい。しかし、今は夕方で電気もつけられていないため、どこか不気味に薄暗かった。
リーには電気を点けるように言っているのに。
「リー?」
返事はない。きょろきょろとあたりを見回してみるが、あの大きな身体を隠せそうな場所もない。
その日から、リーは僕の前から姿を消した。
「ありがとうございました」
今日も、いつも通りに自分の店で仕事をする。リーが僕の日常に入り込む前の、いつもどおりの生活だった。
……あの後、先に帰ってしまったのかと帰り道の途中を探してみた。
リーは見つからなかった。
もう家に着いているのかもしれない。
家にもリーの姿はなかった。
次の日、バックヤードの中をもう一度、隅から隅まで探した。
部屋の隅、机と壁の外から見えづらい隙間に、リーに着せていた洋服が一式脱ぎ捨てられているのを見つけた。
おい待て今アイツは全裸なのか!?
そんな僕の混乱を置いてけぼりにして、結局リーは見つからなかった。
「いらっしゃいませ」
リーがいない日常は、ずいぶんと味気ない。
「今日は、何をお探しですか?」
当然だ。リーがこの店で働き始めたのはここ数日間だけとはいっても、家には五年近く前から居たのだから。
「それなら、こちらの花はいかがでしょうか。今年はかなり色がいいですよ」
リーがそばに居なかったときにどうやって過ごしていたのか、もう思い出せないほど、リーとの生活を楽しんでいたことに今更気づいた。
リーが小さな瓶に入れられていたときから、ずっと。
僕は、そっとエプロンのポケットに入れられた球を撫でる。体温と同じくらいの温かさと、さらりとした手触りが伝わってくる。
落ちていたリーの服に隠されていた卵型の球体。真っ白で、リーの瞳を連想させる光沢を持つその球を撫でていると、不思議と気分が落ち着いた。リーが居なくなった日から、僕はこれを肌身離さず持ち歩いている。
今日も、僕は一人で店を開けた。
もう、バックヤードにも店先にも、リーが巨大化させた花々は残っていない。売ってしまったり、苗だったものは成長するときに少しずつ元の大きさに戻ったりしてしまった。
一本くらい手元に残しておけば良かったかもしれない。
からん、コロンからん。
「っ、いらっしゃいませ」
いけない。少しぼうっとしていたようだ。しっかりしなくては。
気を取り直して入口を見ると、やって来ていたのは先日も訪れていた初老の女性だ。
彼女はきょろきょろと店の中を見回すと、おっとりと首を傾げた。
「あら、今日は羽根の子は居ないのね」
お休みかしら? というマダムに、引きつらないよう細心の注意を払って笑顔を向ける。
あれ、デジャヴ。
「あの子はしばらくバイトはお休みなんです。忙しいみたいで……。いつになったら戻ってこられるかはまだわからないんですよ」
エプロンのポケットの中が、もぞりと動いた気がした。
「あら、そうなの?」
「本日は何をお求めですか?」
ポケットの中から、なんだかゾワゾワした感じが広がってくる。すごくぞわぞわする。
「今日はね、娘が久しぶりに帰って来るから、家を華やかにしたいのよ」
「そうなんですね。でしたら大きめの花を多めに入れた花束にしましょうか。メインの色はどうしますか?」
「そうねぇ、赤とか、そんな感じの元気の出る色がいいわ」
「わかりました」
依頼された通り、一番目立つ大きな花は赤いアマリリスを一輪。その他に薄ピンク色に染められたカスミソウを周りに入れて。赤い色を更に引き立てるために、少し多めにグリーンを。
そうこうして植物をまとめ、ビニール素材でラッピングしていると、そろそろ無視できないほどポケットの中身が暴れ出していた。
「……っ!!」
ポケットの中をちらりと覗くと、嫌と言うほど見覚えのある白が目に入った。
危なかった。危うく常連さんの目の前で悲鳴を上げるところだった。
マダムはにこにこ微笑んでいて、僕の異変には気づかなかったようだ。
気持ち、いつもより素早さ三割増しで手早くリボンを掛けていく。
あれ、デジャヴ。
「お待たせしました!」
「ありがとうねぇ」
僕は冷や汗だらだらで花束を差し出し、代金を受け取る。リーがここで働いてからやたら表情筋が鍛えられている気がする。
マダムは楽しそうに表情を緩ませながら花束を受け取ると、カランコロンとドアのベルを鳴らして店から出ていった。
さんさんとした日差しが大きな窓から差し込む店内が無人になり、しん、と静寂が落ちる。
……僕のポケットの中以外は。
まだガサゴソいってる……。
「……リー、なのか……?」
ポケットからそっと小さなそれを取り出す。僕の片手の大きさくらいしかない白い塊は、間違いなく出会ってすぐの、それこそ瓶に入れられていたときのリーのようだった。
だが、出会った頃のリーは、僕の両手の手のひらくらいの大きさで、翼は片方が半分欠けていた。そのせいでどこか確信が持てずに問いかける。
僕の問いに、リーは目を大きく見開いて頬を上気させ、こくこくと大きく頷いた。
小さくても、軽くても、そこにリーが存在する確かな重みが伝わってきて、目元が熱くなった。
手のひらの上でリーがワタワタと暴れている。それが水滴を避けているものだと気づいて、その後、ようやく自分が泣いていたことに気付く。
寂しかったんだ。ずっと一緒に居たリーがいなくなって。
「りぃ〜……」
出どころ不明の小さなワンピースのような服らしき何かを身につけたリーを潰さないように、そっと顔に近づける。
どこから来た服だ、これ?
リーは僕を慰めるように小さな手で、僕の鼻筋をぺちぺちと叩いた。
「かってにいなくなるなよぉ……」
考えても無駄なことは諦めて。リーが帰ってきてくれたから、それで良しとする。
リー失踪事件から一年後。リーは順調に大きくなり(成長ではない)、今では僕の膝くらいの高さまで身長が伸びた。成長ではない。
リーが店で働けないサイズになってしまったせいで、結局僕は忙しい。それでも、朝起きたときに温かい熱が僕の腕の中にあるから、だから、今のままでもいいかと思ったんだ。
もそり、と腕の中のぬくもりが小さく動いた。
「ん、起きたのか、リー。おはよう」
今日も、僕たちの一日が始まる。
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どうでしたか、みなさん。楽しんでいただけましたか? 「瓶詰の小人」という発想がすばらしいですよね。その小人がどういうわけか巨大化して、花屋の「僕」をトラブルにまきこんで、すったもんだのすえに、姿を消してしまう。「リー」の代わりに「白い卵型」の球体が「僕」の手元にのこり、それがポケットの中で小人に姿をかえて。うまい。うますぎます。ファンタジーのドがすぎます。なぞをなぞのままにのこして、説明しすぎないところが「ブンガク」なんですよね。読んでくださったみなさん。長山さんへの絶賛をおねがいします。