2026年8月の記事一覧

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その57

◆ふみかのSF的日常◆ 後篇

【どういうこと?】
 わたしは百年後の後輩にむけてキーボードを叩いた。
【生成AIが作った物語が文化祭をのみこんでしまったんです】
 なんですって! これはもしかすると「宇宙密室殺人事件」をしのぐおおごとなのでは?
「最高じゃない!」
「最悪じゃない?」
「未来の文芸部員が困ってるんだよ。先輩としては放っておけない案件でしょ」
「百年後の後輩ね。実感わかんわ」
 わたしは腕を組んだ。
「迷宮化した文化祭、AI小説生成機。つまり物語的因果律が動いている」
「強引じゃないか?」
「事件にはジャンルがあるってこと!」
 わたしは机を叩いて、栞を論破しようとした。
「推理小説なら謎を解けば出口。SFなら装置を止めれば解決。映画ならクライマックスまで突っ走る!」
「あんたにはついていけん!」
 わたしは即座に返信した。
【どうしたら助けられますか】
【AI小説生成機を破壊してください】
【それはむりですよ。時間軸の矛盾をはらみます】
【おや、あなたはSF小説ファンですか?】
【そうです。大好きです。】
【わたしもです】
【未来人がSF好きって、なんかおかしいですね】
「そんな世間話してる場合か!」
 栞のツッコミにうろたえたのか、返事が途絶えた。画面からウインドウも消えた。その瞬間、校内放送を告げるチャイムが鳴った。『文芸部員の折下ふみか、大至急、職員室まで来なさい』顧問のアシダ先生だ。
「……締め切りの件じゃない」
「たぶんね」
 わたしは栞を従えて、職員室へ向かった。顧問のアシダ先生は椅子をくるりとまわして、ふたりを見あげた。
「本間さんもいたのか」
「はい、たまたま」
「で、要件はなんでしょうか?」
「演劇部がさ、文化祭でコラボしたいって」
「コラボ? 原稿の催促じゃなく?」
「それはまだいいよ。まにあうから」
「まにあうんですか」と意表を突かれた栞。
「まにあうよ。折下さんの遅筆をみこしているからね。で、演劇部の件だけど、脚本をかいてほしいんだって。いま、ホンを書ける部員がいないらしくてさ。手伝ってあげなよ」
 わたしは栞の肩をつかむと、ぐらんぐらんゆすった。栞にはその勢いの意味が読めなかった。なになになに。栞を解放し、アシダ先生に向き直ったわたしは、わかりましたと頭をさげると栞を引きずるように、いや本当に引きずってコンピュータ室にもどった。
「……来たね」
「なにが?」
「時空は閉じたのよ」
「説明!」
 わたしは創作ノートひらくと、乱暴に書きなぐった。「文芸部員は昼寝でも夢を見る2137」。
「あんた、授業中のうたたねでも夢を見るの?」
「わたしたちのSF的体験を芝居にするのさ」
「なにも解決していないのに?」
「書けば解決する。それが物語の必然」
 窓の外では夕焼けがあかあかとにじむようだった。わたしはにやりと笑った。そのとたん、コンピュータの画面にウインドウが開いた。2137年からのメッセージである。
【物語を救うにはあらたな物語が必要です】
【つまり?】
【現在のあなたが、未来の私たちを救い出す物語を書くんですよ。そうすれば……】
【そうすれば、未来の物語が現在のメタ物語でひっくり返される! それをこっちの時間の文化祭で芝居として上演すれば効果テキメン!】
【スバラシー!!!】
 わたしは栞そっちのけでキーボードを叩き始めた……

 部誌の原稿もまだかたちをなしていないのに、ふみかは文化祭用の脚本をかこうとしているのか。私、本間栞は核心をつくその疑問を飲み込むことにした。ふみかは、おそらく、やりとげるだろう。ふみかは誰よりも物語のちからを信じている。そして、追い込まれるほどに実力を発揮する。わたしはそのことをだれよりも、折下ふみか本人よりも知っているのだ。

 太田女子高校文芸部。歴史はあるけど、部室はない。だが想像力の置き場所には困っていなかった。(おしまい)

 

 

文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 その56

◆ふみかのSF的日常◆ 前篇

わが文芸部の歴史は太田女子高校の歴史そのものである。学校創設とほぼときを同じくして産声をあげた(らしい)。それなのに、部室はない。活動費はある(少ないけど)。今年は新入部員が9人もきてくれた(そのなかのひとりは2年生だよ)。総勢14人の大所帯である。文芸部はコンピュータ室の一角を借りてほそぼそと活動している。活動日は火曜日と金曜日。きょうは水曜日だからだれもいないとおもったのに、本間栞がきていた。
「どしたの?」
「それはこっちのセリフでもある」
「ここさ、穴場だから」
「うふふ、おぬしもワルよのぉ」
夏である。おもては酷暑である。どこもかしこも暑い。おおくの生徒は自習室に足を運ぶが、そのせいで混雑している。コンピュータ室をつかっているのは理科研究部情報班と文芸部だけ。部活のふりして勉強をしようというはかりごとである。
「栞ちゃんはなにするの?」
「数学の課題。めっちゃむずかしい。ふみかは?」
「わたしは部誌の原稿書き」
「あれ? 締め切りはきのうじゃない?」
「しーっ!」
「関係者はだれもいないけど」
「催促されるまで提出しないのが文豪ってものよ」
 栞は鼻でわらった。
「で、どんなやつ書いてんの?」
「宇宙密室殺人事件」
「宇宙がそもそも密室じゃない?」
「そこが盲点なのよ」
「盲点じゃなく、弱点でしょ」
さすがは学年トップクラスの秀才、本間栞である。いうことが正論である。栞の指摘は聞かなかったことにして、わたしは創作ノートを開いた。そのとき、文芸部専用の古臭いプリンターが突然動き出した。ガガガガ、ウィーン。
「きゃっ」
わたしは栞と顔を見合わせる。そのあとの反応ははやかった。席をたつと、プリンターに駆け寄る。A4のコピー用紙が一枚、ぺろんと一枚出てきた。まるで化物のベロのように。そこには太字でこう書かれていた。〈タスケテ 2137ネンヨリ〉。
「なにこれ」
「……ドッキリ?」
コンピュータ室のおくのほうでは情報班のものたちがなにかやっている。このプリンターにアクセスできるのは文芸部だけ、のはず。
「な、わけないか」
わたしはそのあやしげな紙を慎重につまみ上げ、探偵のように目を細めた。ジャケットのポケットをさぐる。
「なに探してんの?」
「おおきな虫眼鏡」
「そんなの持ち歩いてたっけ?」
「いや」
なんだそれ。栞はわたしから用紙をうばいとり観察する。
「インクは新しい。文字バケなし。紙送りも正常。プリンターにしこまれたなんの変哲もないA4のコピー用紙ね。だけど、発信先は2137年。つまりこのプリンターは百年以上さきの未来とつながっている」
「ワームホール的な?」
ごごごっとうなり音がきこえ、もう一枚の用紙がアカンベェよろしく吐き出される。〈ぱそこん二 ムカヘ〉。
わたしたちは文芸部のパソコンにもどった。わたしが使っていたパソコンの画面に見慣れないウィンドウが開いている。【時空同期率 3%】。
「うわ」
「うわ、っていったね、今」
わたしは震える指でキーボードを叩く。
【あなたは誰ですか?】
数秒後、画面に返事が出た。
【2137年の太女の文芸部員です。花子といいます。コンピュータ室にいます。】
「未来でも部室なし!?」
「そこ継承されるんだ……」
さらに文面が続く。
【たすけてください!】
【どうしたの?】
【文化祭展示用AI小説生成機が暴走し、文化祭が迷宮化しました】
わたしの目がキラリと輝いた。とおもう。実際にはじぶんでみたわけじゃないけどね。(つづく)