文芸少女折下ふみかの華麗なる冒険 特別篇

このたび、太田女子高校文芸部の長山穂乃花さんが第19回群馬県高校生文学賞の散文部門小説作品で優秀賞を受賞しましたー! おめでとー! これは群馬県の高文連ってところが主催しているコンテストで最優秀賞をとると全国総文に推薦されるのです。残念ながら長山さんは1位ではなかったものの群馬県内から応募された52作品中の2位相当なので、たいしたことなのですよ。すばらしいー。この感動をみなさんにもあじわっていただくため、長山さんの受賞作品を全3回にわけて、ご紹介いたします。おたのしみくださいませ!

 

僕の大きな小人さん(全3話) 長山穂乃花

第1話
 目を覚ますと真っ白な羽根が視界いっぱいに広がっている。もはや驚かなくなったその光景に、そっと翼を手で払いのけると、翼の持ち主を起こさないようにベッドから抜け出した。
 少しずつ少しずつ自分より大柄な存在の拘束から抜け出して、いまだ僕のベッドで眠りこけるそいつを見やった。安物のシングルベッドに二メートル超えの身体を縮こまらせて寝ているそいつは、とにかく白い。肌も、髪も、今はまぶたに覆い隠されているが瞳だって白い色をしている。
 人間離れしたその姿も、そもそも人間ではないのだから納得だ。
 僕のベッドを占領するソレ、数年前にリーと名付けたソレは、もとは世間で小人と呼ばれる存在だったのだから。
 十年前、とまではいかないが、それでもかなり前。知人が世間で人気となっている瓶入り小人のインテリアをくれた。
 瓶入り小人とは、名前の通りに片手に収まるような大きさの瓶に入れられた、これまた小さな小人である。不思議なことに、この小人たちは飲食や排泄などを必要としない、生物といえるかも微妙な存在だったが、ちょこちょこと瓶の中で動き回る様子の愛らしさからどんな家にも置かれるようなインテリアだ。
 彼らの特徴は、見た目が白いことだ。とにかく白い。肌も髪も、瞳すら。だがそれすらをも上回る一番の特徴は、創作の中にみられる天使のように真っ白で鳥のような翼を持っていることだろう。
 リーもそんな瓶入り小人の特徴通りに真っ白な姿と翼を持っていた。ただ、他と異なっていたのは、その翼が、左の翼の半分ほどから先が失われていること。そして、僕の両手にぎりぎり乗るかどうかという大きさだ。
「ほら、そろそろ起きな。今日から働くんだろ」
 言いながらリーの肩を軽く揺する。リーは寝ぼけたまま起き上がると、ばさりばさりと重たげな音を立てて両の翼を震わせた。片方の翼が半分しかないせいか、身体が右に傾いている。
 今日からリーは僕の経営するフラワーショップで働き始める。
「じゃあ、リーはこのバケツをそこに一列に並べてくれ。順番はこのままでいいよ」
 声の出ないリーは僕の指示にこくこくと頷いて、さっそく花の活けられた水入りのバケツを運び始めた。店のロゴが入った深いグリーンのエプロンがリーの白によく映える。
 店先に並べる花バケツをリーに任せている間に、店内にある花瓶の花々を一本ずつ取り出して、水につかっている茎の先端を少しだけ切り落とす。
 一つ一つは単純な作業だが、店中の花を処理しなければならないから、かなりの作業量だ。
 パチン、パチン、と静かな店内に鋏の音だけが響く。
 残りの作業もあと少し、といったところで、背後からぬっと影に覆われる。リーが背後から僕の手元を覗き込んだせいだ。
「なんだ、リーもコレがやりたいのか?」
 鋏と花を見せれば、リーはこくこくと頷き体格に見合った大きな両手を差し出してくる。
「鋏はこっちの手で持って、このあたりを切ってくれ」
 園芸用の鋏が、大きなリーの手の中にあると子供用に見えてしまう。茎の切るべきところを指さしながらピンクのスプレーバラを手渡した。
 からん、コロン、とドアに掛けられたベルが鳴った。とっさにリーの翼がちゃんと服に隠れているか目視で確認する。大丈夫だ、見えてない。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは、おまかせのブーケを二つお願いできるかしら」
「かしこまりました」
 入ってきたのは初老の女性だ。リーが大人しく作業をしているのを確認して花選びを開始する。
「一つは普通のでいいんですけど、もう一つは小さくってお願いできますか?」
「どれくらいの大きさですか?」
「十センチか、十五センチくらいです」
「かしこまりました」
 小さい花を選んでも十センチ程度にするのは難しいため、十五センチを目安に小ぶりな花を束ねていく。
 その間も依頼主の女性と他愛もない世間話を交わしていると。
「あら、あららら?」
「どうしたんです、かっ!?」
 なにかに気付いたらしい女性の視線をたどって背後を仰ぎ見ると、みるみる大きく変化していくバラを握りしめているリーの姿があった。バラの巨大化は止まらず、ついには元の三倍近い大きさになってしまった。
「な、なにして、リー!?」
「あらあら、すごいわねぇ。マジックみたい」
 よく見ると、リーの手元、花を持っている方の手がなんとも言えないような液体で濡れていて、その液体はぱっくりと切れた指先から溢れ出して、って。
「怪我してるじゃないか!? すみません、少々お待ちください!」
 お客に声をかけると作りかけの花束をカウンターに置いて、リーを掴んでバックヤードへと引きずっていく。
 と、僕も知らず知らずのうちにかなり焦っていたらしい。リーの腕を掴もうとした僕の手は、リーのエプロンを掴んでしまっていた。そのまま引っ張ってしまったせいで、ずるっとエプロンがリーから剥がされて、背中が、隠していた翼があらわになって。
 耳元で血潮の音が聞こえるほど、神経が過敏になった。
 とにかく、と、素早い動きでリーをバックヤードに押し込んで店内とつながる扉を閉めた。
「ほら、鋏を渡して。どこを怪我したんだ?」
 リーから鋏を受け取って、怪我をしている指を見てみる、が。はじめから何事もなかったかのようにつるりとした皮膚が平坦に続いていて、傷なんてどこにも見当たらない。ただ、その手はいまだに虹のような光沢のある白っぽい半透明の液体――おそらく血液――にぬれていて、その血を吸って未だにバラの花は大きくなり続けている。
 リーの手を近くのタオルで拭っていると、リーは異常なほどの大きさになったピンク色の花を僕に差し出してきた。
「僕にくれるの?」
 リーはこくこくと頷いて、花を僕に押し付けてくる。受け取るまで諦めなさそうだ。
「ありがと。僕が仕事している間、ここで大人しく待っててな」
 リーは僕の言葉に頷くと、にこにこと微笑みながら手を振って僕を送り出した。
「すみません、おまたせしました。すぐに完成させますね」
 店内に戻り、何事もなかったかのように笑顔を浮かべて接客を再開する。こちらが「なにもありませんでしたが、なにか?」という態度でいたら、もしかしたら気のせいだったかもと思ってくれないだろうか。
「さっきの子は新しいバイトの子? きれいな羽根だったわねぇ」
 だめだった。
「そーなんですよ、今日からバイトで。な、なんか、羽根は、こすぷれ? ってやつらしくて」
 冷や汗で背中がびしょびしょになっている気がする。大丈夫かな、笑顔引きつってないかな。
「あらぁ、最近の子は面白いわね。あの子、ウチの瓶小人さんにそっくりだったわ」
 このまま誤魔化すのはちょっと厳しくないか? と思いながら手早く花を一つにまとめていく。早く商品を渡してこの世間話も終わりにしたいが、残念なことにもう一つブーケを作らなくてはならない。
「この小さい花束もね、その小人さんの隣に飾るのよ」
 そうなんですかー、といつも通りに口にしたはずの相槌が、笑っちゃうくらい空々しく響いて消えた。
 どうにかこうにかふたつ目の花束を完成させて女性を見送ると、どっと疲れが背中にのしかかった。(つづく)